口角が上がる女
朝のラッシュをやり過ごし、駅に着く。
最近の電車の中は本当に息苦しい。
だれ一人声を発さず、ただじっとその場で耐えている。
ちょっと咳払いでもしようもんなら、わっとわたしから人が離れていく。
やっと解放され、駅の階段を下りながらカバンに手をやる。
いつも、階段下の自動販売機でコーヒーを買うのだ。
上段、右から2番目の微糖コーヒー。
毎日同じことをしているので、もう目をつぶっていても買えるだろう。
そう心で見栄を張ったものの、ちらりと表示に目をやって驚いた。
なんと、ミルクティーに変わっている。
寝ぼけていた頭が、一気に冴えわたった。
今日からは、右から4番目が微糖コーヒー。
わたしが一番楽しかった時期は高校生のとき。
親の庇護の下、あれこれ考えずにのんびりと青春時代を満喫していたあの頃。
わたしの教室の席は、右から4番目だった。
最前列でもなく、最後列でもなかったその席は、ぐるりとクラスメイトに囲まれていた。
朝練終わりの汗、香水、窓の外から香るグラウンドのにおいをかぎながら
ペットボトルをひねる。
そこにはいつも、ミルクティーが入っていた。
ジュースばかり飲んでいたころを思うと、なんだか大人になったような気がして
紅茶ばかり飲んでいた。
落ち着いたベージュの色味も、好きだった。
口に広がる甘ったるい後味を思い出すと、そこからは一瞬で思い出がフラッシュバックする。
下駄箱の横の自販機、英語の単語カードの上に派手にこぼしたこと、
飲食禁止の自習室でのどが渇いてこっそり飲んだこと、
アイスミルクティーで体が冷えて、ぎゅっとマフラーを巻いたこと
気づけば、ミルクティーのボタンを押している。
久しぶりに飲みたくなったのだ。
あの頃のわたしが見たら、微糖コーヒーばかり選ぶ自分を大人に思うだろうか。
昔のわたしに誇れるほど、ちゃんと大人になっているのだろうか。
昨日も、職場で小さなミスをやったんだ。
あの頃と変わらないなあ。
オレンジ色のキャップをひねりながら、マスクの下で口角が少し上がった。