【小説】病院ねこのヘンナちゃん㉘(episode2-8)
ひとつ前のお話→病院ねこのヘンナちゃん㉗
最初から読む?→病院ねこのヘンナちゃん①
クリニックは中庭を囲むように立っている。
ヒヨコ先生は、いつでもどこからでも緑が眺められないと嫌だ~~~と譲らず、そんな建て方は効率が悪いとしぶる設計士さんが、最終的には折れたらしい。
裏手に広い薬草園を作る計画もあったのに、中庭もだなんて…。
どんだけ庭が好きなんだろ?
でもそのおかげで、今、診察室やセラピールームや廊下、いろんな場所から中庭を眺められる。
最初は秘密の花園みたいに、きれいなお花を育てていたんだけれど、ある日、近くの動物園からクジャクを譲り受けることになって、中庭を飼育スペースにしたんだって。
「そ~~~っと、そ~~~っと、驚かさないようにね。」
ヒヨコ先生と綾音さんとサハラとサハラに抱っこされたアタシは、廊下の窓枠にビタッと張り付いた。
中腰になって窓枠から頭だけ出し、息を殺して中庭をのぞく。
中央にハナミズキのシンボルツリー、両隣に草地と砂場、向こう側に水場がある。
砂場の上を横切るように太い止まり木。
なんでもヒヨコ先生自ら、山奥で拾ってきた自然木なんだって。
上空には脱走防止のネットが張ってある。
以前、クジャクたちが勝手に飛んでいき、大騒ぎになったことがあるとか。
そりゃ、のどかな田園地帯にクジャクが舞っていたら、天のお使いが降臨したかと勘違いしちゃうわよね。
立派な尾羽を長く垂らしたオスが1羽、止まり木の上で羽繕いをしている。
水場には地味な色合いのメスが1羽。
そして砂場にもう1羽。
ちょうどハナミズキの陰になるあたりに自分で穴を掘り、羽を膨らませて座り込んでいる。
胸の羽毛が不規則にピコピコ動く。
目をこらすと…、あっ! ヒヨコが顔を出した。
ほわほわの産毛に覆われた小さな頭に、不釣り合いなほど大きな黒い瞳。
きょときょとと辺りを見回す仕草が愛らしい。
ヒヨコ先生が少しだけ窓を開けると、か細い鳴き声が聞こえた。
ぴよぴよぴよ。
「かっわい~~~~~~い💕」
女子たちは目をハートマークにして、窓にかじりつく。
すると母鳥の背中からもヒヨコが顔をのぞかせた。
「先生、何羽孵ったんですか?」
「卵は5個、ヒヨコは3羽。あと2個はどうなるかなぁ。」
その時、止まり木に陣取っていたオスが、胸をそらせて鳴いた。
キエーーーーーーーッ。
えええええ? なんちゅう甲高い声!
神々しいまでに美しい姿から、鈴を振るような美声を想像していたアタシは、びっくりして飛び上がった。
ブミャオン!
思わず出ちゃったアタシの声も、すごく変。💦
その声に反応して、クジャクがまた大声を張り上げる。
クエーーーーーーッ!
メスはオスの鳴き声に惚れちゃうらしいけど、こんな耳を刺すような声、アタシはごめんだわ。
オスだけでもうるさいのに、水場にいたメスも加勢して、中庭は金切り声の大合唱になった。
なによ、やる気?!
アタシは臨戦態勢で、背中の毛を逆立てた。
フーーーーーーーーッ!
「大丈夫、大丈夫、ヘンナちゃん。落ち着いて。」
サハラはアタシをぎゅっと抱きなおし、母鳥は警戒してヒヨコをお腹の下に隠す。
「あはははは!」
その大騒ぎを見ていた綾音さんが、突然、笑い出した。
お腹を抱えて笑っている。
ヒヨコ先生もサハラもきょとんとした顔で、綾音さんを見ている。
「あははははは!」
キエーーーーーッ! クエーーーーッ!
笑い声と鳴き声の多重音声だ。
「あはは…、ごめんなさい…、でも止まらなくなっちゃって。」
するとヒヨコ先生が、大きくうなずいた。
「うん。笑うのはいいことよ。免疫も上がるって言われてるしね。よし、笑おう!」
「あはははは!」
はあっ? 笑おうって言われて、笑えるもんじゃないでしょ、普通?
でもヒヨコ先生は、ゲタゲタ笑い出した。
「ほら、サハラも! 笑って! 笑って!」
上司に強要され、サハラも仕方なく、笑う。
「ははは…」
「なに? その気乗りしない笑い方!
もっとしっかりお腹の底から声出して!」
業務命令とあらば仕方がない。サハラも声を出して笑う。
最初はぎこちなかったのが、3人で声をあわせて笑っているうちに、だんだんその気になってきたのか、笑顔が本物になってきた。
アタシもなんだか楽しくなってきちゃって、輪に加わった。
ミャオン~~、ミャオン~~~、ミャオ~~~~~ン💕
「なにごとですか?」
大きな笑い声を聞きつけて、瀬那さんが慌てて走ってきた。
その後ろには、最近、薬草蒸し担当として働き始めて美祈さんも。
何もない廊下で、ただゲタゲタ笑っているドクターと看護師と患者と猫。
そして大声を張り上げるクジャク一家。
あっけに取られていた瀬那さんと美祈さんは、ぷっと吹き出し、そしてあろうことか、一緒に笑いだしちゃった。
「あはははははは!」
どれだけ笑っていたかしら。
なんとなく自然に笑いが収まると、誰からともなく目をあわせてにっこり。
「笑うってエネルギー使うね。」
「ほんと。汗が出てきました。」
「意味もなく笑うなんて、すごくバカバカしい。でもスッキリしました。」
「こんな大声で笑ったの、久しぶりです。」
「なかなか気持ちがいいものですね。」
頬を上気させ、目をキラキラさせて、みんな無邪気で可愛い。
ミャオン💕
サハラの腕の中で、アタシも上機嫌だった。
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