タバコにまつわる話【脚本】
登場人物
女…雨宮 パート事務員
男…倉橋 工場で働く作業員
女(雨宮)、中央でべったりと座っている。この世の全てを何もかも諦めてしまったような様子。ポケットからタバコを取り出す。口にくわえる。
女 ……。
ライターがない。
その横で男(倉橋)がいらいらと電話をしている。どこかあせった様子。
女 ねえ。
男 あ?
女 ライターない?
男 ……ねえよ。
女 はあ?
男 は?
女 なんで持ってないの?
男 だって、捨てた。
女 捨てたあ?
男 なに?
女 なんで!? もったいな! いいや。じゃあ火ない?
男 自分で動けよ。
女 えー、めんどい~。
男 ……。
男、一度ハケる。
着火マンを持ってくる。
男 はい。
女 ……。
着火マンでタバコに火をつける。
女 どうも。どうしたの? タバコ。
男 だから捨てた。
女 いつ。
男 昼休みに。食堂のゴミ箱に。
女 どういうこと? あ、で、見つかった?
男 あー、だめだわ。完全に閉まった。
女 警備員さんとか、いないの?
男 わからん。ぜんぜん出ない。
女 えー。
男 ちょっとお前の携帯でかけてよ、警備室。
女 はあ、自分のは?
男 電源なくなっちゃって。
女 ったく、ラインばっかしてるから……。
女、自分の携帯を取り出す。
警備室に電話をかけてみる。
男 出ないよ。
女 わかんないじゃん。
無の時間。
女 ……あっ!
男 えっ!?
女 出ないね。
男 ……だろ。
女 寝てんじゃないの?
男 働くべきとき今!
女 なんかしてんじゃないのー。
男 なに。
女 警備の前田さんさ、食堂のおばちゃんと出来てるらしいよ。
男 なにその情報!
女 なんか、前田さんがうどんの列に並ぶじゃん。おばちゃんから受け取るとき、やたらもったいぶるんだってなんだって。まるで、その時間を楽しむかのように……。
男 うどんのおばちゃんかー。
女 絶対おばちゃん、既婚者じゃん。
男 だろうね。主婦だと思うわ。
女 前田さんは……。
男 わかんねえな。
女 警備員さんってわかんないよね!
男 でもどっちにしろ不倫か。
女 不倫だよ。だからね、もしかしたら警備室に連れ込んでるかもしれないよ。
男 ……マジで?
女 きっと着信音を聞きながら、危機感を楽しんでるんだー。
男 ふざけんなよ! 仕事しろよ!
女 とかっつって。まあ、寝てるだけだろうね。
男 はあ!?
女 そもそも今日、前田さんか分からんしね。
男 怒り返せよ。
女 前田さんのシフトまで把握してないしね。
男 ……はーあ。
女 タバコ吸おうか。
男 吸わない。
女 えー。
男 身体に毒。
女 またまたあ。
女、一瞥しタバコをくわえる。
女 (着火マン示し)ん。
男 ……なんでタバコ吸うの?。
女 こんな状況で吸わないとやってらんないでしょ。
男 そのストレス絶対タバコのせいだって。
女 違うよ、タバコをすうと落ち着くから吸うんじゃん。落ち着いて、どうやって帰るか考えるんだよ。まあ、このまま泊まるのもアリだけど。
男 ……ヤダ。帰るぞ。
女 んー、そっか。がんばれ。
男 手伝えよ!
女 イライラしてる。ニコチン不足なんじゃないの?
男 うるせえな!
女 なに。
男 そもそものイライラ、ストレスの原因がタバコって話。
女 ……どう見てもこの状況がストレスじゃない?
男 違うね。
女 でも今タバコたったらアンタに当たるよ私。
男 タバコ吸ってなかったらこんなことにはねえ。
女 小うるさいな! 火を貸せ! 火を!
男 ほらイライラしてる。
女 鎮めたかったら火を貸す!
男、着火マンで火をつける。
女 はあ。
男 なんでタバコやめないのか、突き詰めようぜ。
女 ……おいしいから。
男 でもよく考えて、葉っぱに火つけて燃やしてるだけでおいしいっておかしくないか?
女 そりゃなんかタバコの葉に意味があるんでしょうが。
男
女 じゃあおいしーって思う私は何?
男 それはさ、タバコに犯されてるんだって。
女 あー、犯されてるの私。
男 負のスパイラルにハマってるんだって。
女 うわー、こわー。
男 怖いだろ!
女 まあ、当分負のスパイラルでイイや。
男 おい!
女 この負のスパイラルの時間が私は愛おしい。
男 おまえなあ。色んな病気にかかるんだよ。脳卒中、動脈硬化、高血圧、心筋梗塞とか、肺がんとか。
女 調べたの?
男 調べたよ。
女 いつ?
男 昼休み。
女 超さっきじゃん!
男 怖いんだぞタバコほんと! ストレス解消でタバコ吸うけど、そもそもストレスの元凶がタバコなんだよ! タバコを吸えないストレスの負のスパイラルにはまるんだぞ!
女 それも。
男 さっき調べた!
女 あんたが禁煙始めたのいつ?
男 昼休み。
女 あんたのイライラ、タバコのストレスじゃん!
男 ちげーよ!
女 それさあ、それあたしに言ったってどうすんの?
男 どうするって。
女 私がタバコ吸って、肺がんになったとこで、平岡が困るの?
男 困るとかじゃないじゃん。
女 迷惑かけないでしょ。
男 なんだよ、心配してやってんのに。
女 やっさしー。
男 おまえなあ。
女 ねえ、なんで捨てちゃったの? すてる必要なかったじゃん。
男 あったらまた吸いたくなっちゃうだろ。
男 タバコは体に悪いから。
女 うわうわ。
男 なに?
女 いやいや、一日一箱なくなってたじゃん。
男 えーと。
女 分かった。女だ。
男 ……。
女 うっわ、女だ。女に言われてやめたんだ~。
男 ちげーよ!
女 そういうとこあんだね。
男 だから、
女 びっくり。やめてくんなかったのにね。
男 ……おまえも吸ってたじゃん。
女 平岡が吸ってたから吸い始めたんだよ私は。
男 え、そうなの?
女 初めて言った。
男 タバコ、やめたほうが良いよ。
女 は?
男 本当にタバコの害まずいから。特に女性は。
女 いやいやいや。
男 なに? 間違ったこと言ってる?
女 至極、正論。
男 だろ。
女 正論だけどさあ。
男 出来ちゃったんだって。
女 え?
男 子供できた。
女 平岡に?
男 (被せ)彼女だよ!
女 ……わあ。
男 昼休み、ライン来てた。
女 ……。
男 副流煙吸わせるわけにいかないから。
女 ……。
女、男に煙吹きかける。
男 副流煙!
女 へえ、そっかー。おめでとう。結婚すんの?
男 しなきゃでしょ。
女 義務なの?
男 は? だって責任取らないとじゃん。
女 なんで義務的に言うの? もっと嬉しそうな顔しろよ。
男 なんだよ。おまえに関係ないだろ。
女 ないけど。
男 いや、嬉しいよ。これでも。
女 私も禁煙しよっかな。
男 え。
女 ……なに?
男 いや、子供、いるの?
女 なに、タバコやめたらって言ったのそっちじゃん。
男 言ったけど!
女 平岡のために禁煙しよっかな。
男 いや……え?
女 ……。
男 ねえ、マジで言ってる?
女 なわけないじゃん。
男 だよね、だよね。
女 うん。
男 だからさ、早く帰りたいわけ俺、合いたいわけ。
女 そうですか。
女、そなえつけの電話へ歩み寄る。
電話線を入れる。。
電話をかける。
女 あ、前田さん? 何してんのー? 事務室、かぎかけたでしょー。あけて。
男 ……。
女 あけてくれるって。
男 おまえ。
女 電話線。気付かなかった?
男 ……うん。
ガチャと鍵が開き、ギィィと扉が開く。
暗転。