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#360 チンパンジーに翼 追憶の断片02
どこから春が巡り来るのか
知らず知らず大人になった。
いつから「追憶の断片」が連載になったんだい!
今回からです。
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以下2,000字
■もし柔道部の男子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
私はスポーツ推薦(柔道)で大学へ行った。田舎ではサル山の大将のチンパンジーも全国の猛者が集まる東京では歯が立たなかった。
これが限界かなと思い始めた頃、監督から私を含めた1年生3名がマネージャー業を命じられた。
大学の体育会系は女子マネージャーではなく男子が多かった。選手との兼任だからハードワークだった。
私は各学年にいる先輩マネージャーと行動を共にした。
先輩から言われたことは
「ヒト、カネ、モノに関係する科目だけはしっかり勉強しろ。このマネージャー業は、社会へ出てからも必ず役立つぞ」
それは経済学、経営学、商学、心理学だった。
4〜2年生部員の約半数(30人程度)は寮生活で、1年生20人全員強制入寮。
寮と言うと聞こえはいいが、安普請のプレハブハウスで土建現場の飯場かと思ったほどだ(昭和54年当時)。
1年生全員が当番制で調理・掃除・洗濯をする。
飯が不味いとか、掃除がいい加減だと言っては正座させられ、先輩から竹刀や便所のスリッパで殴られた。私は殴られたことがない。
私は勇気を出して「お前なんか先輩のくせして弱いだろ!殴るなら素手で殴ってみろコノヤロー!」と・・・・心の中で叫んだ。
言えない自分が情けなかった。
暴力は恐怖によって人を無力化する。
全国大会や国際大会で上位へ行く強い人は、そういう理不尽なことはしない。そもそもそういう場にはいない。
他大学の同学年で友達だった男は、高校時代からスーパースターで全日本体重別選手権や学生体重別選手権を制覇し、ロス五輪、ソウル五輪で金メダリストにもなった。
彼は試合では勝ち気だが、普段はどこまでも謙虚で朗らかで驕らず威張らず、気は優しくて力持ち。卒業後の著しい活躍を見るにつけ、一流になる者は違うなと思った。
マネージャー業は、部費の出納・帳簿管理、食材の買い出し、掃除、他校との練習試合の交渉とスケジュール調整管理、さらに選手個々の体重記録と食事のカロリー計算、トレーニング&減量計画の策定などをおこなっていた。
マネージャー以外の1年生は理不尽な“パシリ”案件が多かった。
神奈川県にある寮なのに「吉野家・渋谷店の牛丼大盛りを買ってこい」と命じるアホな先輩がいた。そりゃイジメだろう。
辛抱強さでは全国トップレベルの私だ。
とうとう我慢ができず、「テメーのケツも拭けねぇ野郎が試合で勝てるわけねぇだろが!テメーのことはテメーでやれってんだバカヤロー!」と・・・・心の中で叫んだ。
そこは相変わらずダメな私だった。
しんどい1年生時代を過ごしたが、2年生になると監督や部長と協議したり行動を共にすることが増え、マネージャーは部内でナンバー2の扱いだった。
道場での稽古も筋トレも普通にやっていたので、当初は心身の負担は大きかったが、1年も経てばタフになる。
タフになると、言いたいことややりたいことも行動に移すようになる。
マネージャー達で意見をまとめ、腐敗した体質を根本から立て直すことを提案した。
被害者が声を上げるのは勇気がいる。
監督も4年生の部長も下級生にそれをやらせるのは酷なことだと判断し、国や政治で言うところの「綱紀粛正」を実行すると約束してくれた。
「規律違反する者は去るのみ」
監督は法学部の教授だった。
なんだか難しい言葉ばかりが並んでいて、よくわからなかったが、それで平和が訪れるならいいと思った。
そして本当に部の体質が変わった。
私はマネージャーとしてどれほどの力が身に付いたかなんて実感できることは何もなかった。
私の同期だった2人はその後、経営者になったが、もちろん、順風満帆だったわけではない。
ピンチになったそのつど考え抜き、その時々に最善と思われることに手を尽くしたという。
30年ほど前、その友達がピーター・ドラッカーの「マネジメント」を教えてくれた。
学問の世界では未だに賛否両論があるものの、マネジメントを勉強するきっかけになった。
講道館柔道には、創始者・嘉納治五郎の「精力善用 自他共栄」の教えがある。
心と体は善いことに用いなさい。
自分だけでなく他者と助け合いながら共に良い社会をつくりなさい。
ドラッカーは、マネジメントの役割は何か、何をすべきか」といった実践論が多い。
経営学研究で飯を食っている学者は、因果関係の解明に最大の関心を払う。それが世界標準のやり方であると考え、ドラッカーの理論を否定することもある。
経営学は因果関係を関数(XとY)に置き換えて計量分析する。だからドラッカーが核としている概念は、すべての企業・組織に応用するのは現実的ではない、というのが因果関係推進派の意見だ。
それでも思うのである。
何でもかんでもXとYの関係だけで説明できないのが世の中だ。
こうした私の考えもまた組織運営の中では上手く作用することもあれば上手くいかないこともある。
組織もマネジメントもマーケティングも「こころ」を持った生き物を対象としている。
いま注目されている行動経済学に寄せられる期待は大きく、様々な分野への応用ができるとも言われている。
AIが人の表情、声、仕草、心拍数などを感知して心理状態を推定し、最適な意思決定や行動を促すという仕組みがつくられている。
AIのやつめ、私のこころの揺らぎを読めるのか?
チンパンジーは翼を広げ飛びたち、精力善用、自他共栄をめざす。