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樹木希林さんが亡くなった。彼女の命を懸けたムーブメント。


先日、亡くなった樹木希林さんのこと
について書こうと思います。
(画像は映画「日日是好日」のH Pより)

樹木希林さんが死んだ。


報道を聞いた時、えぐられるような衝撃が
走ったけど不思議と涙が出なかった。


「樹木希林」


ジョークとしか思えない芸名の女優が死んだ。


子どものころ、親にこの人キリンなの?
って聞いた記憶もある。
どこが好きと言われても
実は正直よく分からない。

だけど、時折見せるインテリアや骨董選び、
そして家族観、プライベートな部分の
センスが大好きでとにかく一目置いている、
私にとってはそんな存在だった。


Youtubeで検索してくると出てくる、
郷ひろみとのデュエットや、
音楽番組ベストテンで司会の黒柳徹子と
うり二つのファッションサプライズ、
古さの中にある「斬新なジョーク」が
やたらと目に焼きついた存在。


しかし、生き様やセンスは好きだけど、
実は役者としてはここが好き、
とはうまく言えない私がいた。


(報道を知り、検索でヒットしたこの動画を私は幾度となく再生した)


なんでこの方の死に
私はこんなにも心を持っていかれるのだろう。


私がこんなに彼女の死に
衝撃を受けたのには
明確な理由がひとつあった。

それは、私が10年来続けている茶道を
テーマとしたエッセイ「日日是好日」が
この度実写化され、そこで希林さんが
茶道の先生役をつとめられるからだった。



茶道というフィルターを通して、
日常の些細なことに隠れた大事なことを
ていねいに描いた原作エッセイは、
この10年、人生に悩むたびに何度も
開いてきた私の人生のバイブルだ。


言葉にならない感情の機微を
ていねいに描いた文章は、
私の気持ちを代弁してくれているようで
まえがきだけで何度泣いたことだろう。


その本の実写化。
なのに、その公開前に彼女はいなくなった。

主役が希林さんとあって
私は公開をいつになく楽しみにしていた。

なのに、公開前に亡くなるなんて
本当に馬鹿野郎だと思った。
どこか悔しかった。



だけど、日に日に
その気持ちが変わってきた。


テレビではみんな揃って
「希林さん」「希林さん」と言っている。

また、ここ数年は、
マネージャーを持たずひとりで
活動していた彼女と、直接やりとりを
したことのある多くの方が
彼女のリアルな姿をSNSで語り始めた。

そのどれもが心が温まる話ばかりだった。

例えば、雑誌やWEBメディアの取材依頼を
通しての希林さんとのやりとり。

体調の都合で、今は取材をお受けすることは
できないけれど、断る前に雑誌やWEBメディアを
必ず事前に希林さん自身が目を通し、
「素敵な媒体だからぜひがんばってね」そう
応援してくれるのだという。ご自身は全身に
ガンが転移されている状態だというのに・・

SNSの投稿からは
みんな希林さんを「愛して」いるし、
彼女の死に「ショック」を受けている
そんな様子が伝わってきた。

とにかく彼女の人柄・生き様が
いたるところで取りざたされた。

私は、それらを見て
もうこの世にはいない彼女の
「なにか」が独り歩きを始めた、
そんな風に感じた。


なんか一種の
「希林ムーブメント」のようだった。


不謹慎かもしれないけれどそれは
希林さん自身の
『命を懸けてのムーブメント』に見えた。


私自身も会う人会う人に、
「希林さんがね」としたり顔で
彼女のセンスや生き様について
自然と語っていた。
(当然だが、彼女にお会いしたことも
 お見かけしたことすらない)


私、いつから希林さんの
「スポークスマン」になったんだろうか。笑


私も気がつけばその渦の中に
ちゃっかりといた。


そして、そんなムーブメントの中で
映画「日日是好日」は試写会を終え
正式公開前に確実に盛り上がりを見せている。

そして、はっとした。


これってもしかして・・・


彼女の遺作「日日是好日」を
彼女の「死」をもって
プロモーションしてるんじゃないの?


だって、彼女へのムーブメントは
遺作映画の公開前を盛り上げる
「完璧に設計されたシナリオ」のようだ。


私の勝手な憶測だけど、
これは彼女の人生最大の「ジョーク」


**『自らの命をかけての

 映画プロモーション』**


その真相は分からないし、
そもそも意図したからといって
やすやすと実現できるものとも思えない。

でも、彼女は自分の最後の命を振り絞って、
自分の役者人生に、そしてラストの作品に
「最高の花道」を用意した。

カメラの前の役者だけじゃなく、
自分の命をどう閉じるか、
そのタイミングまでもが表現の対象だった。


生き方すべてで「表現する」


人生すべてで「樹木希林」であった
彼女のあり方がカッコよくてたまらない。

私は彼女の死を通して、
自分の人生をこれからどう生きるか、
そんな壮大なテーマにいつのまにか
向き合っていた。

彼女の死を受け入れる中で、
自分の命の意味をひも解いていた。

答えはまだ見えない、
糸口も見えてきたのかどうか分からない。

『命をもってなし得たい事、
 人生を通して表現していきたい事は何か』

見えない答えを追求することをあきらめず、
ただこの一点にこだわり妥協せずに生きていく。
希林さんの死から私が強烈に受け取ったことだった。

最後に・・
希林さん、多くの事を生き様を通して
教えてくださりありがとうございます。
どうぞ安らかに・・



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