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美しさの秘密:比率が生み出す秩序と調和

20年以上前だが、僕が研究室に在籍していた頃、教授から一冊の本を紹介された。

それは、認知科学の権威であるV.S.ラマチャンドランが書いた「脳の中の幽霊」という本だった。彼は幻視という現象を通して、脳がどのように視覚的な情報を処理しているか記しており、存在がないものをあるように感じる人間の認知機能を知り、とても不思議な気持ちになった。

その後、2013年に、僕は当時勤務していたウェブ制作会社から独立。

固定の案件もなく、毎月のお金が目減りしていく毎日。
どうしようもなくて鬱々としていた時、たまたま書店で彼の新作「脳の中の天使」を見つけ、現実逃避さながら読了。

この本の中で、彼は「人はどのように美しさを感じるのか」ということについて記述していて、たしか、脳は秩序を好むと説明していたのを覚えている。(※会社に本があるので、後日調べておく)

秩序があるパターンや比率。

人が何かを見た時に、心地よいとか、優れていると感じる理由が、実はこの秩序にあるということ。この考えに触れたことで、僕は、秩序をもたらす「比率」と「美しさ」の関係について、さらに興味を持つようになった。

世の中に存在する特定の比率

自然界に存在する多くのものは、特定の比率に基づいて構成される。
これは周知の事実だ。いくつかの代表例をあげると、

黄金比(1 : 1.618)

代表的なものの1つに黄金比(1:1.618)がある。これは自然界、古代の建造物、芸術作品に頻繁に出現する比率である。

この比率が、アートやデザインに適用されると、人に対して「視覚的に心地よい調和を提供する」と解釈されている。

こんな説明をしている記事を見かけたりするが、これは正しくない。

僕が思うに、黄金比のもつ数の本質と特性を、どの視点で解釈するかというのが大事であって、それが美しさの理由に迫るための、唯一の手がかりなのだ。

僕のような設計に関わる人間が、この比率を数学的に説明するならこうなる。

黄金比には、次の3つの大事な特性が隠れている。それは、無理数、自己相似性、無限連分数という、美しさへとつながる規則なのだ。

無理数(一見すると不規則な数だが)
自己相似性(部分と全体が同じ比率でつながり)
無限の連分数(特定のルールに従い無限に続く連分数で表現できる)

黄金比が持つ特性が「美しさ」を感じさせる

このような特性を内包する対象を見た時に、人は、この秩序の視覚的な解釈を経て「美しさ」を感じる(と僕は思っている)。

ネイピア数(e = 2.718)

理系を専攻している人には馴染み深く、とても重要な数としてネイピア数 e(約2.718)と呼ばれるものがある。これは指数関数的な成長や減衰に関わる自然現象を表現するために利用される。黄金比のような直接的な比率ではないのだが、特徴として、

無理数(一見すると不規則な数だが)
自己相似性(eの指数関数はどのスケールでも同じ形を保ち)
無限の連分数(特定のルールに従い無限に続く連分数で表現できる)

ネイピア数が持つ特性が「美しさ」を感じさせる

無理数、自己相似性、無限連分数という、黄金比と似たような秩序へつながるルールを持っている。そのため、僕の考えでは、ネイピア数(e)もまた、自然界に秩序をもたらす堅固な数値であると解釈している。

繰り返しになるが、これらの比率や数値に関する記事には、時折、誤解を招く説明がされている場合が多い。「黄金比を利用したレイアウトはデザイン的に心地よい」とする単純な説明では、物事の本質を捉えきれていない。

覚えておいてほしいこと。

それは、この数の背後に存在する「秩序」である。

そこにこそ、本質的な価値があるわけだ。

その比率に美しさを感じる理由

以上のことからもわかるように、これらの比率には数学的に意味のある特定の秩序が存在するということが共有できたと思う。

黄金比やネイピア数のような調和の取れた数。

この秩序のおかげで、人は安定感心地よさを体験する。認知情報学的にもう少し詳しく書くと、脳が視覚的な安定感に触れたとき、それを美しいと認識するのは、この秩序に基づくものだと考えられている。

冒頭に触れたラマチャンドランは、この視覚的な秩序について「ピークシフト効果」という理論で説明している。脳はパターンや秩序を求め、視覚的に最も効率的に処理できる形状や構造に対して、共鳴し、快感を覚えるとされる。

これは、黄金比に代表されるある種の特性をもつ比率が、建造物やアートを通して脳に視覚刺激として与えられた際、

無駄が一切なく
最も効率的で
処理の負荷がかからない

完全なものである。そのようなパターンを認知し、記憶し、強化されていくことは、人が「美しさ」を感じる根源的な要因へとつながる。

ネイピア数のような指数的な変化を表す比率もそうだ。
成長、減衰という連続したプロセスに秩序をもたらす。

こうした数的秩序は、同様に脳への視覚刺激として完全な調和をもたらし、美的感覚を引き起こすのかもしれない。

比率と美しさに関するIA的視点

このあたりで、僕の本業である情報アーキテクチャ(IA)の観点から、これらの比率と美しさについて考えてみたい。

IAの本質は、情報の整理と配置にある。

平たく言うと、ちらばったものを、本来のあるべきまとまりとして構造化する。そして、規則性・整合性のとれた集合に整形すること。実は、このIAの作業において、「一定の秩序を保つ」ことは重要な意味をもたらす。

ウェブサイトやプロダクトにおけるユーザー体験は、情報の配置とその背後に隠れた論理的な秩序によって大きく左右されるのだ。

画面設計においては、こうした数的秩序をレイアウトや設計に組み込むことで、視覚的にバランスの取れたデザインとなるだけでなく、先ほど記述した通り、利用者に心地よさを提供することにつながる。

・要素のスケーリング
・コンテンツの分割
・グリッドを考慮したレイアウト

など、特定の比率に基づいて設計することは、利用者に秩序のある視覚的な安定感を提供する。単なる表層的なデザインの精度としてでなく、こうした数値を用いて適切に構造化すること。これがプロダクト全体に秩序を生み出し、美しさの実感につながっていく。

まとめ

自然界に存在する秩序(ルール)。

この秩序に触れた時、それを、

・どの視点から
・どのような切り口で解釈するか?

ここが大切なのだ。今回のnoteで、僕は数学的な視点をもって、それぞれの数に隠れる秩序を考察した。これは、僕が工学系を専攻してきたからであって、

・芸術的な観点
・音楽的な観点

など、無数の方法で、この秩序を探ることができる。

自然界に存在する数多の秩序に敬意を払い、それを人間の生活様式やデザインに取り入れる。その働きかけを助けるのが、今回説明してきた数値なのだと考える。

これらの数値の本質を理解し、人間の視覚的負荷を軽減する設計を行うことこそ、IAに求められる役割だ。

人が美しいと感じる根源は、この秩序そのものにある。



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