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思考の限界を超える方法:ワインバーグが教える問題解決のアプローチ
はじめに
「ライト、ついてますか」という本がある。
この本は、J.M.ワインバーグが書いたもので、問題解決の原理を掘り下げ、それを独自の視点で考察している名著だ。しかし、ビジネス書籍のコーナーで、この本がオススメされている光景を見たことがない。残念でならない。
本書について語る前に、導入としてこんなシーンを考えてみたい。
問いを立てる局面
とあるDXのプロジェクト。
それを担当するディレクターだとしよう。
クライアントを取り巻く複雑な課題を前に、どのような「問い」を立てるか。
ここが担当者の腕の見せどころである。
しかし、経験が浅いと、何から手をつけていいかわからない。
そこで、上司に相談すると、ロジカルシンキングや問題設定の方法論を解説され、課題解決の型(フレームワーク)を教えてくれた。それらのフレームワークは、大抵の場合、Keynoteやスライドになっている。彼は、空欄を埋めながら、次回のクライアント向け資料をまとめていく…
大切なことは型にならない
僕はここに疑問を持っている。
使い勝手のよいフレームワーク、それを穴埋めしていく作業。これで、本当にクライアントが解決したい問題を突き詰められているか?ということ。
本当に大切なことは「型」にはまったりしない。
そもそも、型を使って本質的な問いを見つけられるほど、今日、僕たちが向き合う問題は簡単なものではない。
ワインバーグが提唱する方法論は、似非が型を使ってコンサルするやり方とは、一線を画している。
真の課題を見つけること。
それは、単なる型を使いこなすことではなく、自身の認識や価値観まで掘り下げた、言わば"健全なアプローチ"から生まれるものだ。
20年ほど前、僕はこの本に出会い、自分の思考の枠組みを見直すきっかけを得た。
クライアントの抱える複雑かつ高度な問題を前に、戦略を立案したり、解決法を提示する立場の人間は、本当に考えるべき「問い」とは何かを理解しなければならない。
この本には、それを得るためのヒントが詰まっている。
そこで、ワインバーグが提唱する方法をもとに、主にディレクター、コンサルタントなどの知的生産を求められる人間が、日々の仕事にどう取り組むべきか?
ここを一緒に考えてみるのが、このnoteの役割だ。
J.M.ワインバーグについて
著者のジェラルド・M・ワインバーグは、いわゆる"頭でっかち"の評論家とは異なり、元IBMのスタッフだ。彼は、IBMでソフトウェア開発に携わり、エンジニアとして豊富な経験を積む中で、散見する課題に対して、次の視点を持つようになる。
「目の前の課題は、単なる技術では解決できない」
この本が生まれたのは、彼が現場で直面した数々の課題に対して、「本質的な思考」を明確に言語化する必要があったからだと思っている。
彼は、「真の問題」を解決するために必要なことを訴えている。
それは、
・目前に現れている事象がすべてではない
・ひっそりと奥に潜む原因を追究し続ける
・目的地への到達には繰り返しの問いかけが大切
というものだ。この過程が、普段、何気なく見逃してしまう「見えない問題」を炙り出すきっかけになる。
真の問題とは何か?を考える
本書を通して、彼が一貫して強調していることがある。
それを一言にまとめると、
「自分の思い込みに気づき、それを超えること」
ここにすべて詰まっている。
多くの場合、"問題"というものは、自分たちが何を問題と捉えるかによって形を変える。
・自分自身に偏見があったり
・情報の量が不足していたり
・情報の質が悪いものだったり
真の問題を考えようとしても、こうした自分の認知バイアスによって、問題の定義は変わってしまう。
安直な結論に飛びつくのではなく、「何が本当の問題か?」を繰り返し自問し続けることが大切だ。
そこで、彼は「問題を捉え直す(≒ここでは再定義と呼ぶ)」という思考の仕方を推奨している。この再定義のプロセスを箇条書きにすると、次のようなものになる。※以下は、僕の解釈も含まれているのであしからず。
1. 現状を観察する
・いま起きている現象を把握する
・自分の目で捉えられる症状や事実を整理する
冷静に観察することは大切だ。ここをおろそかにする人が多くて、個人的には「もったいないなぁ」と感じている。僕は、常に大きなノートを持ち歩いているが、いつでも気になったことをメモして、あとで振り返るということが習慣になっている。これも冷静な観察の訓練だったりする。
2. 仮説を立てるが、即断しない
・最初に感じた直感も材料としてみる
・初期の仮説を言語化する
・ただし、これを軸に解決策を探らない
人間には直感が備わっているので、物事のちょっとした違和感に気づいたりする。個人的には、男性よりも女性の方が、そうした違和感に気づきやすいと思っているが、その話はまたどこかで。最初の材料をもとに、初期の仮説を立ててみるが、その仮説を正として解決策を考えてはいけない。これも、メモ程度に頭の片隅においておくぐらいの気持ちで問題ない。
3. 繰り返し「なぜ?」と問いかける
・その問題を取り巻く周辺に目を向ける
・原因を探るための質問を重ねる
なぜそれが起きているのか?
その問題の周辺には、直接の原因ではないかもしれないが、問題に影響を与える間接的な要因が隠されている。それを探るために、繰り返し「なぜ」という問いかけを行う。大きな塊を何かの変数で微分するような作業。これにより、根本的な原因≒真に問うべき問題に近づくことができる。
4. 自分の思い込みに気づく
・余計な偏見が混じっていないか
・権力を持つ人に遠慮していないか
・一方的な感情で動いていないか
こうした認知バイアスがあると、物事の本質から遠ざかってしまう。
自分の見方が、その問題の解釈にどんな影響を与えているか?
この認識を理解したうえで、客観的な視点を保つように務める。
5. 異なる視点から見つめ直す
・"世界を見るメガネ"をかけ直す
・他者の考えや意見を取り入れる
一度、立ち止まって、自分のメガネをかけ直す。これは本物のメガネではない。例えば、幼少の頃に習っていた音楽だったり、絵を描くという芸術的な観点だったり、大学で工学を専攻していたら工学的なアプローチでもよい。普段、世界を認識しているメガネを掛けかえて、問題を捉え直してみる。
また、そういった別のメガネを持つ他者の視点を取り入れるのも大切だ。自分がディレクターなら、デザイナー、エンジニア、IAは、まったく別のアプローチで仮説を検討できるだろう。異なる視点から見つめ直すと、思考が柔軟なものになる。
6. 問題の定義を見直す
・見えてきた事実を言語化する
・当初の仮説と突き合わせる
・クリティカルな問題として再定義する
こうして見えてきた事実をもとに、一番最初に捉えた問題を改める。必要であれば両者をもとに新たな枠組みを作る。それは、問題を新しい言葉で再定義することにつながる。
7. 再定義の解決策を探る
ここまで来ると、健全な猜疑心で十分検証された"真の問題"に近づいているはず。あとは、最後に再定義した問題を解決するためのアイデアを立案し、実行に移していく。
問題を全体的に捉えるということ
では、再定義した問題をどのように料理するか。
一般的なロジカルシンキングでは、問題を細かく分解し、各要素ごとに施策を練って解決していく手法が取られる。しかし、彼はこのアプローチに警鐘を鳴らしている。それは、「問題に取り組む人間は、"部分と全体の相互関係"を見逃してはいけない」というもの。
元エンジニアだった彼らしい着眼点だ。
再定義した問題が、全体にどのような影響を及ぼすか?
ここを洞察することが重要だと述べている。
良質なアイデアで部分的な問題が解決できたとする。
でも、その施策のせいで、全体に新たな問題を引き起こす「可能性がある」ことを認識しないといけない。これは思考のバランスを保つ重要性を示唆している。
「細部を見つつ、全体も俯瞰する」力。
これが大切なのだ。
まとめ
こうして、真の問題に近づくための方法を見ていくと実に泥臭い。冒頭に「大切なことは型にならない」と書いたが、問いを導くということは、機械的な作業で完結するものではない。
その思考は、とても柔軟で、人間的な振れ幅を許容する方法論だ。
AIが台頭する世の中だからこそ、この柔軟な思考に価値がある。
・単なる型や論理に依存することをやめよう
・他者と対話して、ともに問題に向き合おう
自分と他者との異なる価値観を尊重しながら、物事の本質に迫ろうと努力すること。ここに「予期せぬ洞察」が得られる可能性があるのだ。
これらのプロセスは、効率を追い求めるだけではなく、深い理解と共感を伴う。
今回ご紹介した「ライト、ついてますか」は、僕たちに思考の深まりを促してくれるものだ。ディレクターやコンサルタントとして、長期的な視点に立った本質的な問題解決のスキルを身につけること。
日々のプロジェクトに、彼のエッセンスを活かしていくと、より豊かな成果と価値を提供できることにつながる。
参考
今回、僕が取り上げた思考法について、過去に書いてきたものから、関連しそうなnoteの記事を掲載しておきます。