父と8ミリフィルムの話
人並に結婚披露宴でも執り行おうと準備に勤(いそ)しんでいた頃、しばしば会場で流される『新婦の生い立ち紹介VTR』でも作成しようかと思いついた。
私の幼少期の姿を、新しい物好きの父が、何かしらの方法で撮影していた記憶が微かに呼び起こされ、データはあるかと尋ねてみた。
俄かに元気づいた父が、見慣れぬ大きな機材と、お菓子の空き缶にびっしりと収められた、むき出しのテープをガチャガチャと鳴らしながらリビングに戻ってきた。
今や絶滅危惧種となった『8ミリフィルム』とその映写機であるという。
高速でテープのリールを回転させ、そのフィルムの後ろから強い光をあてると、スクリーンや白い壁に動画が再生されるという仕組みを解説しながら、父は早速『ミチエ4歳幼稚園運動会』『ミチエ5歳ピアノ発表会』などと記された思い出の数々を壁に映し出していく。
誰が予測したであろう、そんなしみじみとした父と娘の時間が1本の無題のフィルムによって無残にも打ち砕かれるなどという事態を。
「これタイトル書いてないな、なんだろうなあ」
と父は無題のテープを映写機にセットした。
そこに映し出されたのは明らかに異国の男女の、肌露出100%を超えた擬態の数々であった。
目の前で繰り広げられている映像は、性教育というにはあまりにも過激かつ享楽的過ぎる。
血を分けた親子が仲良く鑑賞する作品では断じてない。
時が止まった。
父も私も、言葉を発するはおろか、身じろぎひとつできない状況下において、互いの脳内CPUだけがかつてないほどの高速回転記録を叩き出している。
幼い頃のビデオを見せてくれとは頼んだが、幼い私を誕生させた方法をレクチャーしてくれとは頼んでいない。
誰も得をしないメイキング映像特典である。
遥か昔は、深窓の姫君に対し床入り前の嗜みとして春画や枕絵などがそっと手渡されたと聞くが、もちろん私に今更そんな教育は必要ない。
まかせてくれ、先刻承知である。
父は父で、あろうはずもない『必然性』を求める、という方向にハンドルを切ることに決めたらしい。
「今のヤツはイヤラしいやつばっかりだけど、昔のは芸術的だな」
父がかろうじてかすれた声を発する。
『今のヤツ』もしばしば鑑賞なさっているというカミングアウトと無駄な比較検討結果が発表された。
とんだドリフト走法である。
まずいことに別の部屋で家事をしていた母が戻ってくる気配がする。
お家存続の危機の前に、父と私より、はるかに俊敏に、そして的確に空気を読んだ存在がいた。
何十年も動かされていなかったであろう映写機である。
悠久の眠りからいきなり叩き起こされた彼は、その身体に纏った埃を味方につけ、尋常でない高温を発することによってフィルムをみるみる焼け溶かしていった。
父の表情に安堵と一抹の寂しさが浮かんでいた。
遥か遠い道のり歩き始めるのは私だが、こう願わざるを得なかった。
君に幸せあれ。
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