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図書室の羨ましい友情

先日、近所の図書室を訪れたとき、とても羨ましい光景を目撃した。

自宅から徒歩数分のその図書室は、地域のコミュニティーセンター内の一角にある。きっと大した広さではないから、「図書館」ではなく「図書室」という名称のその場所には、昨年の夏に初めて訪れた。地域の片隅にある小さな図書室の割には定期的に蔵書が追加されていて、一般的な図書館では多数の予約待ちでなかなか手にとれないような新刊や話題書が比較的簡単に手に入ることを知った。読書好きな私のとってはまさに穴場的な存在で、それ以降散歩も兼ねて定期的に通っている。

その日、いつものように決して広くはない図書室の一般書コーナーを端から端まで見てまわり、どの本を借りていこうかと物色していたところ、図書室の扉が開く音がした。続いて賑やかな話し声が聞こえてくる。

棚の間からそっと声がしたほうに目をやると、白髪まじりの推定七十代くらいの女性二人がにこにこ笑顔で入室したところだった。二人は入り口入ってすぐの貸出カウンターに進むと、こちらは推定五十代くらいの女性の職員さんに「こんにちはー」と声をかけていた。職員さんも「あら、こんにちは」と返事をしているあたり、どうも三人はある程度顔見知りらしい。二人連れの女性のうちの一人が「返却お願いします」とカウンターに本を何冊か差し出しているのが見える。

職員さんが本のバーコードをスキャンして返却作業を行なっている間、図書室なので多少声を抑えようとしているのは伝わってくるような声色で会話している二人。でも狭くて静かな空間だから、控えめな声でも結構はっきりと内容まで聞こえてくる。

「本当はね、この小説あと10ページ読むの残ってたんだけど、返却期限きちゃったから一度返しにきちゃった!次に予約入ってなかったら改めて貸出作業してもらえる?」

女性のうちの一人がそう言うのが聞こえて、私は心の中で「あーわかる」と勝手に共感する。図書館の本、本当にあとちょっとで読み終わるのに、返却期限がきちゃって慌てるってことあるよね。でもこの女性は残り10ページのために延滞するんじゃなくて一度ちゃんと返却しにきたらしい。その律儀な姿勢に本と図書室に対する誠実さのようなものを感じて、勝手に好感を抱いた。というかあと10ページなら、むしろ返却に来る前に最後にちゃちゃっと読み終えてから持ってきたらよかったのに、とも一瞬思ったけれど、一方本好きの私としては、まさに本の最後の10ページ、つまり本のクライマックスこそ、急かされることなく味わって読みたいよな、とも思い、もしかしたらこの女性も同じような感覚だったのかもしれないと、そんなことまで勝手に想像してまたもや共感する。

無事貸出作業が終わったのか、二人の女性はカウンターの横の新入荷コーナーに移動して、なんやかんや話しながら棚から本を手にとって眺めたりしている。

「この前〇〇を読んだら面白くてね」
「その作家さんの本ね、◯◯なら読んだことあるっ」

私は自分が借りる本を決めるために目の前の棚に並ぶ本に目を走らせつつ、つい二人の会話も気になってこっそり聞き入ってしまう。会話から推察するに、どうやらこの女性二人は読書仲間のようで、しょっちゅう一緒にこの図書室に出入りしているらしい。あのくらいの年齢になって近所に読書仲間がいるなんて素敵すぎる!羨ましすぎる!と思わず心の中で叫んだ。

借りる本を決めたらしい二人は再び貸出カウンターに戻ってきて、職員さんに話しかけている。

「最近何か本読んだ?」
「最近ねーちょっと読めてないんですよ」
「お仕事お忙しいの?」

自然と繰り広げられる会話、図書室で交わされている地域コミュニケーションにほっこりする。すると話題はさらに広がっていく。

「私ね、昨日のトランプの演説、見たわよ!」

その言葉を聞いてなんの話をしているのかすぐにピンときた。その日は、ちょうど前日にアメリカでドナルド・トランプ氏の大統領就任演説があった日だったので、きっとそのことだ。このお歳で海外の時事ニュースにも注目しているとは!

「あ、そうなんですね。私、仕事で見てなくて。どうでした?」
「うん、なんかね、いろいろと過激なこと言っていて、
トランプ本人がこれを配信で見られたくないって言ってた意味がわかったっ」

それからしばらくトランプの演説、そこから派生して以前見た別の政治家の演説について盛り上がった後、無事貸出を終えたらしい女性たち。最後にそのうちの一人が、「あれはねー悪い男よー」と楽しそうにトランプを悪い男呼ばわりしてキャッキャと笑いながら図書室を出ていった。最初から最後までにこやかで楽しそうな人たちだった。

女性二人が図書室を去ったあと、私は彼女たちの存在からなんとなく受けとったほくほくとした余韻を自分の中に感じながら、結局新刊コーナーから二冊本を選んで借りて、図書室をあとにした。

帰り道も、つい先ほどの女性たちのことを考えてしまう。あの読書仲間の二人は、どうやって出会ったんだろう。こんな地域の片隅の図書室に通っているということは、きっと二人ともある程度近所に住んでいるのだろう。もしかしてこの図書室で知り合ったとか?もしくは、もともとご近所さんで知り合いだったけど、ある日お互い本好きだと知って、それから一緒に図書室に通うようになったとか?素敵な読書仲間の女性たちを思い浮かべ、勝手に妄想が膨らむ。

私も、この先まだしばらく生きるとしたら、仮に先ほどの女性たちと同じくらいの年齢まで生きるとしたら、ああやって大好きな本について語り合える友ができたらいいなと、そんなことを思った。


こちらのエッセイは、私が日々更新している日記内のエピソードの中から、日記では書き足りなかったことやもっと語りたいこと、深堀りしたい出来事をピックアップしてエッセイとして綴っているものです。

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涼元風花 Suzumoto Fuuka
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