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140字小説(ついのべ)/花魁の前に現れたのは 他15作

2022年12月後半の140字小説(ついのべ)15作です。

花魁の前に現れたのは狐だった。怪我して死にかけたのを、人の男に救われた。人に化けて恩返ししたいが人の美醜がわからない。美しいと評判の貴女の姿に化けてもよいか。「いいとも」花魁は言う。「私の顔と姿で、愛する男と添い遂げるといい。私には叶わぬ望みを叶えてくれたら私も嬉しい」
(2022年12月27日)

「あああ……こんな雪の山荘に閉じ込められるなんて、とっておきのトリックを試して密室殺人を起こす千載一遇のチャンスなのに、山荘のオーナーも従業員も他の客もみんな親切でいい奴しかいない……誰も殺せない……僕はなんて運が悪いんだ……」「むしろ運がいいと言うか人がいいと言うか」
(2022年12月15日)

「あの商店街は猫が多いよ」と聞いて足を伸ばした。古びて人通りもあまりないその商店街の端から端まで歩いたが、猫の一匹も見かけなかった。騙されたか。がっかりしつつ小さな喫茶店に入った。「いらっしゃい」カウンターの向こうで、エプロンをつけた巨大な猫が言った。
(2022年12月15日)

引っ越し先のアパートで度々起きる怪奇現象に悩んでいたら、友人が猫を持ってきた。知り合いから借りてきたと言う。ブチのデブ猫。騙されたと思ってしばらく飼ってみろと。すると不思議とピタリと怪奇現象はおさまった。何なんだこの猫。尋ねると友人は言った。「こいつ、寺生まれなんだよ」
(2022年12月17日)

猛勉強して従姉が通っていた高校に進学した。彼女と同じ部活に入り、彼女が通った図書室に通い、彼女を教えた教師に教えを乞い、彼女が歩いた道を歩き、彼女が通った喫茶店に通った。残り2年半。彼女を死に追いやった元凶を見つけるまでのタイムリミット。復讐を遂げるまでのタイムリミット。
(2022年12月19日)

「昔、愛する女性がいてね」吸血鬼が語る。「私の眷属になることを彼女は拒んだ。彼女が世を去ってもいつでも眺められるよう、大金を詰んで肖像画を描かせた。後世に残るような画家を選定してね」「その絵はどこにあるんだい?」「誰もが彼女を守ってくれる場所さ」ルーブル、と彼は微笑む。
(2022年12月19日)

彼がそこにたどり着くと、美しい妖精が出迎えてくれた。「ようこそ妖精郷へ。ここには何でもいるよ。ドラゴンもユニコーンも精霊も……」「人間はいないのですか」彼が問うと、妖精は哀しげに言った。「機械の子よ。僕たちをここへ追いやり、君たちを作った人間たちは、もう滅びたんだよ」
(2022年12月20日)

「もう犬でも猫でも何でもいいから嫁を貰え」養い親である魔法使いは口癖のように俺に言う。「もう人形でも婆でも」「石でも牛でも」「絵でも樹でも」バリエーションは豊富なのに、頑なに「男でも」とは言わないのは、言った瞬間に自分がプロポーズされると薄々気づいているからだろうか。
(2022年12月22日)

政略結婚の相手は四歳の男の子だった。ざっと百歳は年下だ。「残り寿命を考えたら釣り合いが取れていいだろう」なんて言われても。異種族同士で無茶な真似を。この子が私の好みに成長するとは限らないし、この子が大人になったとき、私みたいなモフモフ毛並みが好みとも限らないのに。
(2022年12月23日)

子供たちが密室トリックについて議論を交わしている。『犯人』はどうやって鍵を開けて閉めたのか? それとも始めからどこかに隠れていた? そもそも本当に密室だったのか? 秘密の抜け穴や共犯者の存在の可能性は?「とにかくプレゼントの包みを開けたらどう?」クリスマスの朝のことである。
(2022年12月23日)

サイレンを鳴らして救急車が走ってきたら、車を運転してる奴らはさっと道をあける。それが礼儀ってもんだ。この時期のヘリや飛行機の操縦士も似たようなもの。空でうっかり『彼ら』に会わないように気をつけるし、会っても見ないふりをする。『彼ら』はプレゼント配りに忙しいんだからな?
(2022年12月24日)

祖母の跡を継いで魔女になった。まあ誰にも秘密なんだけど。本当にたくさんの秘密を抱えてしまった。屋根裏部屋には魔法道具。本棚にはぎっしり魔法に関する本。庭の雑草は実は特別な薬草ばかり。「俺様のエサだけは忘れるニャよ」譲られた飼い猫は実はもう百歳で人語を話す。そして僕は男。
(2022年12月25日)

猫は人が知らないだろうことをいろいろ知っている。たとえば、人がやって来られるはずのない高い屋根のてっぺんで昼寝しているとき、ふいに撫でてくる柔らかな手(明らかな人の手)があること。背中に羽があればそれは天から降りてきた人だし、羽がなければこれから天へのぼる人なのだ。
(2022年12月26日)

猫か小型犬が欲しかったのに、ペットショップの一番端のケージの中にいた深淵と目が合ってしまって、値引きの繰り返された値札の痛々しさもあって、そうしたらもう家に連れ帰らずにはいられなかった。深淵は鳴いたり暴れたりしない。ただ、じっと見つめ返されるとき、僕の魂は震える。
(2022年12月28日)

自分の棺に妹の形見の人形を入れてもらった。妹に届けてやるために。三途の川を渡るときに没収された。持っていけるのは魂一つだけだよと。嘆いたが、対岸で妹に再会できた。その手にあの人形があって、わかった。人形もとうに死んでいたのだと。そして、大切にされた物には魂が宿るのだと。
(2022年12月29日)


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