整数を作る物語
自然数の集合N={1,2,3,・・・}には加法が定義されているが、減法はいつもできるとは限らない。例えば3-1=2だが、1-3はできない。しかし1万円の収入があったが、3万円の支出があって、結果的に2万円の赤字であるというのを考えるときに、2万円の赤字をー2と書けば、1-3=-2としたい。
自然数の世界だけでは引き算が制限されるのは日常的にも窮屈な事であるという訳ですね。
そこで引き算がいつでもできるように、自然数の世界から整数の世界へ広げることになる。これは中学生の時から習ってきた話でした。今、この状況を見直してみよう。(今回は少し長くなっているので、目次を付けています。)
1.減法の定義を思い出す
a>bのとき、>の定義によって、
a=b+c
を満たすただ一つの自然数cが存在する。(注意1)
(注意1:ただ一つであることの証明は、自然数が有限集合の間の1対1対応から来ていることを根拠にできる。
a=b+c=b+dと2通りの自然数c,dで実現したとすると、元の個数がb+c個の集合Cと、b+d個の集合Dの間に全単射fがある。集合Cのb個の元を一つ決めてその集合をBとおく。Bの元をfによって1対1に対応付いている集合Dのb個の元の集合をB’とおく。このとき、CからBを除いた集合C-Bの上で全単射fを制限すれば、その制限されたfはDからB’を除いた集合D-B’に1対1対応する。従って、
c=(C-Bの元の個数)=(D-B’の元の個数)=d
を得る。)
そこで、このただ一つの自然数cをa-bと定義する。
この2項演算を減法と呼ぶ。この減法はb>aの場合には
a=b+c
となる自然数cは存在しない。よって、aーbが定義されない。
2.0を付け加えて単位的半群として考える
今、Nには加法だけある状況で、(N,+)は可換な半群と考えられる。そこに0という特別な元で、任意の自然数aについて、
a+0=0+a=a
という性質が成り立つような元0を付け加えれば、N∪{0}は元0を単位元とする可換な単位的半群となる。なお、N∪{0}には加法に関しての零元は存在しない。
この集合の上で考えれば、aーbの定義のための条件a>bはa≧bで置き換えられ、a=bのときは
aーb=0
である。
しかし相変わらずb>aの場合には、aーbが定義されない。
特にa=0として任意のb>0について、0-bが定義されない。
これは減法の定義で言い換えれば、
0=b+c
となる0または自然数cは存在しないということである。
つまり、「任意の自然数b>0は、N∪{0}における加法に関する逆元が存在しない」ということを言っている。
3.減法の特徴づけを探す
我々はこの逆元の不在を補うために”仮想的に逆元を付け加える”という方法で整数の世界を定義しないで、できるだけ自然な方法で構成できないかを考えてみよう。
例えば自然数の減法では5-2=3,6-3=3でともに一致する。したがって
5-2=6-3 ・・・(★)
これは加法で書けば
5+3=6+2
を満たす。実際、(★)の式に両辺(3+2)を加えても等式は保たれ、左辺と右辺をそれぞれ計算すると、
(5-2)+(2+3)=((5-2)+2)+3
=5+3
(6-3)+(2+3)=((6-3)+3)+2
=6+2
となることから、5+3=6+2が導かれる。
これは減法の定義された範囲であれば、一般化できる:
a≧bかつa’≧b’のとき、
aーb=a’-b’ ⇒ a+b’=a’+b
証明は先ほどの例と同様にして示される。実際に確認してみよう。
(aーb)+(b+b’)=((aーb)+b)+b’
=a+b’
(a’-b’)+(b+b’)=((a’ーb’)+b’)+b
=a’+b
よって、aーb=a’-b’が成り立てば、上の2式は一致するから、
a+b’=a’+b
が導かれる。
これの逆もいえる。
a≧bかつa’≧b’のとき
a+b’=a’+b ⇒ aーb=a’-b’
が成り立つ。
実際、さきほどの証明に出て来た2つの等式を眺めると
(aーb)+(b+b’)=((aーb)+b)+b’
=a+b’
(a’-b’)+(b+b’)=((a’ーb’)+b’)+b
=a’+b
で、今度は仮定がa+b’=a’+bだから、やはり2つ式は一致する:
(aーb)+(b+b’)=(a’-b’)+(b+b’)
ところで、一般に0または自然数zを固定したときのzだけ加えるという写像:
N∪{0}→N∪{0}
元xを、元x+zへ対応させる
は単射(1対1対応)であるから(注意2)、この等式より
aーb=a’ーb’
が分かる。
(注意2:単射であるとは、すなわち、
x+z=y+z ⇒ x=y
であることを言っている。これを簡約条件ともいわれる。その証明は注意1の結果を認めれば、x+z=y+zの両辺からzを減じれば結果が従う。)
これらの結果を次の定理の形でまとめよう。
【定理】
a≧bかつa’≧b’のとき,次の(1)と(2)は互いに同値である:
(1)aーb=a’-b’
(2)a+b’=a’+b
4.同値関係を導入する
そこで我々はこの減法の特徴づけを手掛かりに、「a≧bかつa’≧b’」という条件を外して全体に拡張しよう。
上の条件(2)を満たすとき
(a,b)~(a’,b’) ⇔ a+b’=a’+b
として直積集合(N∪{0})×(N∪{0})の上に2項関係を定める。
この2項関係は同値関係となる:
・反射律:(a,b)~(a,b)
(理由:a+b=b+a)
・対称律:(a,b)~(a’,b’)⇒(a’,b’)~(a,b)
(理由:a+b’=b+a’なら、当然a’+b=b’+a)
・推移律:(a,b)~(a’,b’)かつ(a’,b’)~(a’’,b’’) ⇒(a,b)~(a’’,b’’)
(理由:(a+b’’)+b’=a+(b’’+b’)
=a+(b’+b’’)
=(a+b’)+b’’
=(a’+b)+b’’
=(b+a’)+b’’
=b+(a’+b’’)
=b+(a’’+b’)
=(b+a’’)+b’
=(a’’+b)+b’
よって上記「注意2」のことからa+b’’=a’’+b)
5.商集合をとる
従って(N∪{0})×(N∪{0})上の同値関係~による同値類の集合は、次の完全代表系で記述される:
「(0,0),
(1,0),(2,0),(3,0),・・・,
(0,1),(0,2),(0,3),・・・ 」 ・・・(♠)
これら同値類のすべての集合(つまり(N∪{0})×(N∪{0})上の同値関係~による商集合)をZとおこう。
N∪{0}からZへの自然な対応:a→(a,0)により、(a,0)の同値類をaと書けば、ZはあたかもN∪{0}を含む。というのは、N∪{0}の相異なる2元a,bに対して(a,0),(b,0)の同値類も相異なるからだ。
6.Zに加法を定義する
Zにも加法(演算記号で+)が同値関係~と両立するように自然に定義される。一般に(a,b)の同値類を[a,b]と書くことにすると、具体的には、
[a,b]+[a’,b’]=[a+a’,b+b’]
と加法を定義することで、これが代表元の取り方によらずに決まる。
実際、[a,b]=[c,d],[a’,b’]=[c’,d’]のとき、
a+d=b+c,a’+d’=b’+c’
よって、辺々を足して
(a+b)+(a’+d’)=(b+c)+(b’+c’)
即ち、
(a+a’)+(d+d’)=(b+b’)+(c+c’)
これは、
[a+a’,b+b’]=[c+c’,d+d’]
を意味する。
このZの加法は可換で、単位元は[0,0]、[a,b]の逆元は[b,a]となる:
・可換性:
[a,b]+[a’,b’]=[a+a’,b+b’]
=[a’+a,b’+b]
=[a’,b’]+[a,b]
・単位元:
[a,b]+[0,0]=[a,b],
[0,0]+[a,b]=[a,b]
・逆元:
[a,b]+[b,a]=[a+b,b+a]
=[0,0]
従って(Z,+)は可換群となる。
7.Zに減法を定義する
さきほど「ZはあたかもN∪{0}を含む」と表現したが、この意味でいうと、0または自然数aをZの中で見ると、aの逆元が存在し、その元は[0,a]となる。
N∪{0}の中でa≧bのときの減法をaーbと書いたことを思い出そう。これはZの中で見ると
aーb=[aーb,0]
=[(aーb)+b,0+b]
=[a,b]
従って、a≧bという条件がなくても、改めて0または自然数aとbのZにおける減法を
aーb=[a,b]
で定義すれば、N∪{0}の上での減法の定義と一致するから、Zへ拡張できたということになる。
8.Zにおける減法の意味を考える
特に、この式でa=0とすると
0-b=[0,b]
となる。そこで、[0,b]をーbと定義し、これをbに対する負の数ということにすれば、
b+(-b)=[b,0]+[0,b]
=[0,0]
=0
となり、ーbはbの逆元ということがわかる。
よって、aーbとは
aーb=[a,b]
=[a,0]+[0,b]
=a+(-b)
であることがわかった。
従って特に減法を定義せずとも、負の数と加法の言葉で記述できるということがわかる。
9.整数Zの登場
こうしてZは完全代表系(♠)を集合に見立て、さらにそれらは
「0,
1,2,3,・・・,
ー1,ー2,ー3,・・・ 」 ・・・(♥)
という名前に付け替えた集合であると見立てれば、それがまさに整数の集合ということである。そして整数の加法・減法は自然数の世界を拡張したものになっていることもわかった。
10.参考文献
このような整数の構成の仕方の一般化については、可換な単位的半群や可換環論の中でも展開することができます。以下はその参考文献です。本記事では具体的に「自然数から整数へ」の構成に限っているので、一般論から翻訳したことと、私なりの数学的ストーリー性も兼ね備えた形になっています。
参考文献:『環と加群』山崎圭次郎,岩波基礎数学選書
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