【分解する物語(7)】素元

まずここまでのあらすじを見直そう。

我々は「自然数の素因数分解」をお手本に考察していったところで、ひとまず「素数のようなもの」への分解が可能となるような世界を、次の意味で抽象した:

簡約条件約鎖条件を満たす可換な単位的半群Rにおいて、零元以外の任意の元は、いくつかの既約元と可逆元の積に分解される。(可逆元自身は0個の既約元と可逆元の積と考える。)

元を可逆元および既約元の積で表すことを既約元分解と呼んだ。既約元とは真の約元を持たない元であった。これ以上本質的な分解がないシロモノで、いわゆる根源的な要素というものである。

ところで、一般に元を既約元分解したとき、果たしてそれしか分解の仕方がなかったのだろうか、という一意性の問題がある。

実は、既約元分解可能な簡約条件を満たす可換な単位的半群Rであっても、分解の一意性を満たさないという例が実際に存在する。

今回はそのような例を確認し、その例を通して一意的に分解するための必要条件を考える。そのとき素元という概念が現れることをみよう。

1.2通りの既約元分解がある例(3で割って1余る自然数全体)

3で割って1余る自然数全体をRとおく。Rの元を最初の方だけ具体的に並べて表示すれば、
 R={1,4,7,10,13,16,19,22,・・・}
である。この集合に、乗法として通常の自然数の乗法を用いると、Rは簡約条件を満たす可換な単位的半群である。

このRでは2通りの既約元分解をもつ元が存在したのは、以前に以下の記事にも述べたように、
 220=10×22=4×55
という2通りの既約元分解が具体的な例であった。

2.2通りの既約元分解がある例(Z[√(-5)])

あまり見慣れない世界かもしれないが、伝統的な例を一つ見ておこう。

 R={a+b√(-5)|a,bは整数}

という集合Rを考える。√(-5)とはー5の平方根である。つまり、√(-5)を2乗するとー5となる数と定義する:
 (√(-5))^2=-5

これを複素数の部分集合と思えば、乗法が定義されていて、Rの中で積は閉じている。また、単位元1を含んでいるから、乗法について可換な単位的半群である。もちろん簡約条件も満たす。

このRは
 Z[√(-5)]
と書くこともある。

さて、実はRにおいて6の既約分解として

 6=2×3=(1+√(-5))×(1-√(-5))
という(同伴の関係を無視して)2通り存在する。

2,3,(1+√(-5)),(1-√(-5))がRの中で既約元であることは自明なものではなく、確認すべき事項である。

その証明は既約元の定義に従ってRの中で元が分解されたと仮定し、直接調べればわかる。しかしノルムという自然数全体への(単位的半群としての)準同型写像を用いることで証明が簡単化される。しかしノルムの定義と性質、および適用する話になると1記事分くらいのゆとりをもって別途考察したいので、ここではノルムを使わずに行う。

少なくとも、2が既約元であることだけでも直接定義に従って証明してみよう。それ以外の元についてはここでは割愛し、ノルムを導入したのちに確認されよう。

3.2がR=Z[√(-5)]において既約元であることの直接的証明

この節では2の既約性の確認だけであるので、これを認める場合は読み飛ばしていただいて構わない。

 2=(a+b√(-5))(c+d√(-5))
とRの中で分解されるとする。右辺を展開し、実部・虚部を比べれると、
 2=ac-5bd  ・・・①
 0=ad+bc   ・・・②
を得る。

・a=0の場合
 ②より
  bc=0
 ここでb=0なら(a+b√(-5))=0になるから矛盾する。よって
  b≠0,c=0
 となる。すると最初の立式から
  2=ー5bd
 を得る。これは左辺の2も5の倍数となって矛盾する。

・同様にしてc=0も矛盾である。

そこでa≠0,c≠0としてよい。

・d=0の場合
 ②より
  bc=0
 で、c≠0より
  b=0
 よって、
  2=ac
 となって、これは整数での分解だから
  a=±1,c=±2(複合同順)
 よって、いずれも2の分解が真の約元での分解にはなっていない。

・b=0も同様である。

・b≠0,d≠0の場合
 ①の両辺にdを乗じると
  2d=acd-5bdd
 また②より
  ad=-bc
 であるから、
  2d=-bcc-5bdd
    =-b(cc+5dd)

 この両辺に絶対値を取ると、
  2|d|=|b||cc+5dd|

 d≠0,c≠0だから
  |d|<|cc+5dd|
 である。よって、上の等式より
  2>|b|
 でなければならない。今b≠0であるから
  |b|=1

 同様の論法から、
  |d|=1

 よって、①,②より以下の2つの等式を得る:
  2=ac±5
  a=±c
 しかし、このようなa,cは整数の範囲で解をもたない。

以上より、2はRにおいては真の約元を持たないことが分かった。■

4.一意性の必要条件

このように2通りの既約元分解が存在するような例が存在している。そこで、まずは一意性が成り立つための必要条件を考えよう。

R=Z[√(-5)]の例では2は6の既約な約元であるが、もし分解が一意的であれば6をどのように分解しても、その分解した要素の中に2を因子として持たなければならない。

つまり、
 6=ab ⇒ 2|a または 2|b   ・・・(★)
が成り立たなければならない。

ところが、上のRにおいては
 6=(1+√(-5))(1-√(-5))
という分解があって、その分解の2つの要素
 (1+√(-5)),(1ー√(-5))
はどちらも2で割り切れないのが実際であった。

これは一般のRでも同様に考えることができて、Rで既約元分解が(同伴を除いて)一意的であるならば、既約元は(★)のような性質が満たされるべきである。そこでそのような性質を持った既約元に名前を付けて定義しよう:

【定義(暫定)】
既約元分解可能な簡約条件を満たす可換な単位的半群Rについて、Rの既約元aが次の性質を満たすとき、aを素元(そげん)という:
 Rの元x,yについて、
 a|xy ⇒ a|x または a|y

5.素元の定義の改良

上の定義で、(暫定)とあるのは、実は元aが既約元である必要はないことがわかる。つまり、零元でも可逆元でもない元aについて、
 a|xy ⇒ a|x または a|y
が成り立てば、aが既約元となることが自動的に従う。

実際、
 a=xy
と積の形で分解できたとき、特に
 a|xy
でもあるから、素元の定義より
 a|x または a|y
が成り立つ。そこでa|xと仮定しても一般性は失われない。このとき、
 x=az
となる元zが存在するから
 a=xy
  =azy
よって、aが零元でないから簡約条件より
 1=zy
を得る。これはy,zが可逆元であることを意味する。従って、aはaと同伴な元と可逆元との積になる。これはaが既約元であることを言っている。
 
従って、上の素元の定義でaが「既約元」という条件は不要で、「零元または可逆元でない元」という条件に置き換えたものでよく、改めてこちらを定義しておこう。

【定義(改)】
既約元分解可能な簡約条件を満たす可換な単位的半群Rについて、Rの零元または可逆元でない元aが次の性質を満たすとき、aを素元(そげん)という。
 x,yがRの元について、
 a|xy ⇒ a|x または a|y

6.既約元=素元なら一意分解性を導くか

前節でみたように、素元は既約元である。

しかし、上の例によって任意の既約元が素元になるとは限らない。概念の包含関係としては
 既約元 ⊃ 素元
となっているが、
 既約元 ⊂ 素元
かどうかは一般にはいえない。

そこで、既約元と素元の概念が一致するようなRの場合は、一意分解性を満たしてくれるかどうか調べてみよう。このことは次回にしたい。


いいなと思ったら応援しよう!

数学屋ノート
良ければサポート頂けますととても助かります。数学に関してより本質への追究と普及のための活動費として使わさせて頂きます。