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越境

今年は息子が通う中学校の先生方とやりとりする機会が何度かありました。


長男が高熱を出したとき、「病院に行かず検査も受けないが学校の立場は理解できるので、未検査であっても規定の期間は休ませます」というわたしの発言は初めてのケースだったようで、おそらく学校側を困惑させた。
校内で協議され、それでも決まらず学校側が教育委員会に相談して承諾されることとなった。

この文面だと不穏な行動をしたように見えるかもしれない。

実際は穏やかに話される方々だったので、責めたり責められることもなく、担任の先生や保健の先生、教頭先生とも和やかな雰囲気で話し合うことができた。

子どもが小さい頃からの経験から、余程のことがない限り病院には行かず自宅療養して対応していること。
座ってられないほど辛い状態で無理に病院に連れていくよりも自宅で安静に過ごさせたいと思うこと。

こちらは異例の対応をさせてしまっているので、ご迷惑おかけしてしまってすみませんと伝えたりしたのだが、教頭先生も「規定の期間休んでもらう形になってすみません」と言っていた。

検査したりと不確定であるものの結果振り回されるのも家業の兼ね合いもあり手間になるので、「規定の期間は休む」選択は我が家にとっては自然なことだったのだけれど、一般的な感覚では不自然なようで、学校側からは後日、「宗教上」のことなのか、また何か緊急時に輸血の必要が出たときに輸血をしていいのかなども確認されたりした。

そのときにはうまく説明ができず、学校側が想像していることと、わが家で前提としていることに違いがあるためすれ違いが生じているように感じていた。

タイミングよく、年明けには先生との二者面談があるので、もう少し学校側に歩み寄り意思の疎通を試みることに決めた。

そのための準備を今している。


意見の対立にならないように、正直に、それでいてまわりくどくならないように気をつけながら手書きで手紙を書いてみた。

資料も読みやすく先生にとって読み損にならないように配慮しながら用意してみた。
(読んでくれるかはわからないけど 笑)

こんな展開から保健の先生や教頭先生と何度も話す機会が持てたので、これも何かのご縁であると捉えて、共有することを試みてもいいのかも…と考えた。

変な親だと思われていることだろう。
学校側と意思疎通をはかってみようと思っていると夫に話すと「そういうことするから余計変な親だと思われるんだよ」と言われた。
(そりゃそうだ 笑)

なぜ伝える必要があると思うのか。

自分側の思想に染めたいという気持ちは微塵もない。
こちら側のものごとの見方が結果的に理解されなくても何も問題はない。

「多数の人とは違った指針で行動を決めている人がいる」
「こういう考えで動く人もいる」

ただそんな人もいるのだと知ってもらればそれでいい。

それと、同じ選択をとっていなくてもこちらには敵意はないと伝われば満点だ。

自分と毛色のちがう場所に越境していくのがわりと好きなので、これがどういうふうに転ぶかは未知数だけど、今年は赤色を受け入れた年でもあるのでとりあえずチャレンジしてみます。

出来事が起きたときは、それが好ましいことではなかったとしても、信頼関係を築くチャンスには変わりない。

うまくいかなかったとしても経験にはなる。
そう自分に言い聞かせて。



ものすごくめんどくさそうなことなのに
なぜここまでしちゃうのだろう。

だってさ…子どもたちが小さかった頃に私は自分で決めてしまったから。

背中で見せると。
(おまえはオヤジか 笑)

それも仕方がない。
子どもはウソを見抜く名人だ。


「子どもに"誠実であること"を教えたかったら自分が実践者でなければ何も伝わらない」と私は思っているのだから。



おまじない

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