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介護日記 ありふれた家族 9「激高」
激高
2024年12月17日(火) 曇り
音のない朝。こんな日は風がなくて、多少の雪が積もっていることが多い。
母のデイサービスの日。玄関からお迎えの車までの間を雪かきする必要があった。裏起毛のスウェットに着替え、厚手の手袋をはめて玄関へ。そして長靴を履こうとして気付く。左足だけ靴下を履いていない。靴下は昨夜から履いたままの筈なのに、どこで脱げたのか。感覚が鈍っている事実を突き付けられ落胆し、苛立った。物置からスノーダンプとスコップを取り出し、玄関周りの雪かきをした。
朝食の準備をしている最中に母は目覚め、トイレへ向かった。私はこの間に母のベッドを確かめる。枕元に脱ぎ捨てたリハビリパンツがあった。トイレから戻った母を問い詰めると
「そんなのあったっけ。分からなかったな」。
最近のリハビリパンツと尿取りパットはよく出来ていて、吸収した尿はさほど臭わない(母と暮らす中で、私も慣れたのかもしれない)。だから尚更なのか、母は臭いを全く感じないと話す。
以前の私はその言葉を信じられず、噓を吐いていると思っていた。でも、ケアマネジャーに訊ねると、年齢を重ね、失禁が増えにつれて臭いが分からなくなる高齢者は珍しくないとのことだった。
頭では理解しているつもり。でも、今日も母へのイライラが募る。
では今はリハビリパンツも尿取りパットもしていないのか訊ねると、「している」という。信じることができない私は母のズボンを下ろし、確かめた。履いていた。「そう言ってるのに」と呟いた母の言葉には、悲しみが滲んでいた。
振り返るまでもなく、酷いことをしている。でも、止められない。自分が嫌でたまらない。
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母が食事をしている間、生ごみを出しにちょっと家を出た。戻ると、母が台所で洗い物をしていた。手元を見るとそれは入れ歯で、私は途端に怒鳴りつけていた。
「入れ歯を洗うのは洗面所だ。何度も言ってるだろう」。
母の(問題)行動は、ひとつひとつは些細なこと。でもそれが積み重なり、イライラが募って、いずれ怒鳴り散らしてしまう。堪えようとするけれど、できない。今回は10日ほどしかもたなかった。
「二度とやるなよ」
「分かった。もうしない」
「そう言ってまたやるんだ。どうしてだよ」
「分からない」。
繰り返してきたやり取り。これからも繰り返される。
「なんでこうなっちゃったのかな…」。
母の独白は、自身の老いと、大声で叱責し、怒鳴るようになってしまった私を嘆いているのだと感じた。
短気な性分という自覚はあった。一方で大声を出すような時はドキドキしてしまう、小心者の認識もあった。
今は違う。古い言い方で言えば「瞬間湯沸かし器」。あっという間にスイッチが入る。しばらく怒鳴り散らすと、自分でも不思議に思うほどストンとスイッチが切れる。。
脳出血の後遺症と高次脳機能障害、それとも癲癇(てんかん)かもしれない-どうなのだろう? 単に私の性格だったとしたらそれが一番怖いとも思う。医師に相談し、しかるべき検査を受ける必要があるだとう。ただ、どんな診断結果が出るのかを考えると、はやり怖い。
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