the tea today no4 racu急須がもたらす日本茶の未来。【空間・プロダクトデザイナー二俣公一氏】
日本茶はもっと楽でいい。のコンセプトからスタートした、私たちの新しいプロダクト「racu」。その最初のプロダクトである急須『warenai(ワレナイ)』について、そして、これからの日本茶が広がっていくための文化について、空間・プロダクトデザイナーでもある二俣公一さんと、弊社代表である新原光太郎の対談が実現いたしました。
日本の喫茶文化はどうあるべきか?どうしていくべきか?
お二人が、同じ鹿児島で見てきたお茶の風景を元に、これからの日本茶につて語りました。
二俣 公一/ケース・リアル
空間・プロダクトデザイナー。大学で建築を学び、卒業後すぐに自身の活動を開始。現在は、福岡と東京を拠点に空間設計を軸とする「ケース・リアル (CASE-REAL)」とプロダクトデザインに特化する「二俣スタジオ (KOICHI FUTATSUMATA STUDIO)」両主宰。国内外でインテリア・建築から家具・プロダクトに至るまで多岐に渡るデザインを手がける。2021年より神戸芸術工科大学 客員教授を務める。
http://www.casereal.com/
http://www.futatsumata.com/
▪ 二俣さん 父方も母方も兼業農家の家で生まれ育ち、主に米とお茶を作っていました。地元・鹿児島の松元と伊集院には広大な茶畑が広がっており、高校生の頃まで毎年そこに出向き、茶摘みの手伝いをしていましたね。両親が機械を使わせてくれなかったので、一つ一つ茶葉を手で摘んでました。お昼時には祖母たちと持ち寄った弁当を囲むのが楽しかったです。懐かしい思い出です。
▪ 新原 そうでしたか。我々の業界は二俣さんのご家族が作っていたお茶にお世話になっていたんですね。鹿児島の松元といえば、広大な面積を誇る、鹿児島有数の茶産地ですね。研究熱心な方も多く、紅茶づくりや抹茶の原料である碾茶づくりにも挑戦されている方が多く、とても勢いのある産地ですね。
▪ 二俣さん 元々ポテンシャルがあったんですね。祖父母の家の周辺は一面茶畑。それが原風景です。今でも「地元に帰ってきたな」と思うのは、あの茶畑を見たときですね。
▪ 新原 ご自宅ではお茶の飲み方や作法のお話はありましたか?
▪ 二俣さん 全くありませんでしたね。ただ、急須に茶葉を淹れて、そのままお湯を注いで飲むだけでした(笑)。最近、弊社で「冬夏」というティーラウンジを設計したのですが、そちらを運営しているフードディレクターの方が、農家の方とオリジナルのお茶製品を開発していて。お茶の作法についてはその時に教えてもらいました。
▪ 新原 私も同様です。お茶屋の息子ということもあり、「実家ではどうやって飲んでいましたか?」と聞かれることもありますが、作法や文化についての話は皆無でした(笑)。ただその分、お茶の時間を楽しんでいたと思います。純粋にお茶の時間を(笑)。日本茶は時に堅苦しさもあるので、「もっと楽に楽しめるように」という思いから「racu」というティーウェアブランドを立ち上げました。おそらく日常的にさっと楽しんでいた鹿児島の文化が根付いていたんです。それを表現したくて。 ここで、せっかくですから、二俣さんに「racu」のアイテムを使って一杯飲んでいただきます。準備しますね。
▪ 新原 今回は二俣さんをイメージして「さえみどり」という茶葉をご用意しました。鹿児島の代表的な品種です。鹿児島のお茶は他の産地と比べると、甘味が強いんです。スタンダードな味わいと甘味をお楽しみください。
▪ 新原 すすむ屋茶店では、茶葉8グラムに対して、お湯200ccを推奨しています。鹿児島茶の特徴の一つは、茶葉が真緑であることです。
▪ 二俣さん 昔からこの色の印象です。他の産地は違うんですか?
▪ 新原 そうなんです。世界的に見ても茶葉をこの色にするのは、とても難しいことなんです。それを鹿児島の農家さんは自然にできてしまう。鹿児島は静岡や京都とお茶の産地として競い合い、新たな価値を創造しようという文化が根付いています。その成果が茶葉にも表れていますね。(お茶を淹れながら)一分お待ちください。
▪ 二俣さん 淹れ方には特に特別なことはないのですね。茶葉の量だけですか?
▪ 新原 はい、茶葉の量がとても重要だと考えています。一般的に多くに人たちが正しくお茶の量を使っておらず、「薄いお茶」を飲んでいます。せっかくいい茶葉でも味わうことが出来ず、逆に勿体ないんです。 薄く飲んでいる原因は色々あると思いますが、量販店で流通している茶葉の多くが2番茶で、甘み成分が1番茶よりも少ないんです。その茶葉を一分蒸らすとエグ味が出過ぎる。そのエグ味を抑えるために茶葉の量を少なく してしまう。これが当たり前になってしまい、薄く飲むのが主流になってきたのかと自分では思っています。(お茶を注ぎ)お待たせしました。
▪ 二俣さん (一口飲み)昔、祖父母と飲んでいたお茶と比べて、確かに濃いですね。以前は薄いお茶を飲んでいたのがよくわかります。当時は味わうことなく飲んでいたのかもしれません。甘さも続きますね。このお茶、美味しくてホッとします。
▪ 新原 一般の家庭で飲むお茶は本当に薄い傾向があります。正しい飲み方を知らないことはもったいないなと。お茶には、一番茶、二番茶、三番茶などの種類があることをご存知ですか?
▪ 二俣さん 知らないですね。
▪ 新原 春に収穫されるのが一番茶です。この一番茶は非常に柔らかく、栄養価も高く、最高品質とされています。専門店で販売されているお茶の多くは一番茶です。 量販店で売られていることが多いのが二番茶。4月頃に茶葉を摘採した後に6月ごろ芽吹き、夏場の日照時間もあり成長が早い。三番茶以降はペットボトル等に使用するケースが多いです。季節が進むにつれて、お茶のグレードは落ちていきます。お茶をペットボトルで消費する方が多い今日では、本来の美味しいお茶にたどりつくのは、なかなか難しいです。
▪ 二俣さん 茶摘みを手伝う際に「新茶」という言葉をよく聞きました。これは一番茶のことですか?
▪ 新原さん そうですね。お茶農家さんにもよりますが、収入の半分は、一番茶によるものだと言っても過言ではありません。毎年春は農家さんが頑張る時期です。我々としても新茶をどのように売っていくべきかを考えます。着物を着てお茶を淹れる、さきほどのように急須でざっと淹れる。お茶は二つの文化の対照で成り立っています。お茶といえば、どうしても前者、つまり「極み」の部分に注目が集まりがちですが、それは素晴らしいことだと思います。しかし、農家さんのことを考えると、一番茶をたくさん売るしくみが必要だと思っています。そのため、「極み」の部分をもう少し砕いて、自分なりに何かできないかと考え、それが「すすむ屋茶店」のオープンにつながりました。
▪ 二俣さん 私自身はお茶に深く関わる機会は普段から特にありませんが、先日、京都のご住職からお茶会に誘っていただくことがありました。会場は野外の原っぱで、茶室は細い竹組みで作った、間仕切りのない構造体のみ。お茶会の前に、即席で茶室を組み立てるんです。私と同世代の工務店の方がこの構造を作り、現在、ご住職は世界各国でお茶会を開いています。 彼らも最初はお茶会というと格式があるものと思われていたそうですが、今はお茶会は作法どうこうではなく、楽しむものであるべきだと強調していました。私はこれまでお茶会に参加したことはないので、最低限の作法は調べましたが、間仕切りのないゆるやかな雰囲気だったのでリラックスしてのぞめました。隣にはフランスからの参加者が座り、お茶会が進行するにつれて、スマートフォンで画像を見せ合ったり、和気藹々とした時間でした。イレギュラーなお茶会でしたが、非常に面白い体験でしたね。 私にとってお茶といえば、先ほど話したように茶摘みで、昼休憩の時に茶畑の脇の斜面でみんなで座って弁当を食べて、暑い日は氷を足してお茶を飲んでという体験。これが元々のベースだと思います。一方で作法や文化を尊重した格式高いお茶の世界がベースにある方もいます。さまざまなベースを持つ方がお茶を生業にし、それぞれの軸がある中で、「お茶をカジュアルにしたい」という動きを見せている。なので今後は、さまざまなレベルで「わかりやすさ」が出てくる気がします。お茶の世界もこれから面白くなっていくでしょうね。
▪ 新原 私も二俣さんと原体験は一緒です。同じ鹿児島ですし(笑)。地方の茶問屋の息子で、作法とは縁がありませんでした(笑)。お茶はラフに淹れるもので楽しむもの。として育てられました。 私は国内外でさまざまな場所に出向いた結果、日本にはない、彼らの持つ何かがあるのではないかと考えるようになりました。それは大衆向けの喫茶文化なのかもしれません。日本には喫茶文化は存在しますが、特に日本茶については「極み」が際立っています。アメリカではコーヒー、中東ではチャイが一般的ですが、日本茶も同様に楽しまれるべきだと思います。お茶の世界は凝り性で、凝りすぎることで他のものを排除してしまう傾向があるのかもしれません。そして無意識に遠ざけてしまう場合もあると思います。日本茶を束縛する堅苦しさを取り払うことが重要で、そのために私たちは活動しています。 現在、すすむ屋茶店ではこのお茶を店頭で一杯400円で提供しています。一日に三回もお店に来るお客様もいます。日本茶を飲みたいけれども、気後れしてしまう方々もいらっしゃいます。このような考えを払拭し、気軽に楽しめるようになることが、日本独自の喫茶文化を育てる伴だと考えています。海外から来た方々の視点から見ると、コーヒーショップがどこにでもある現状はどのように映るのかということも考慮すべきです。彼らの中で日本茶を楽しみたいと思う方々には、「美味しい日本茶=気軽に飲めないもの」という認識を抱かせてしまっているかもしれませんので。
▪ 二俣さん 「構えないと極みの世界には行けない」と言うのはありますよね。そして誤解しているのが、その世界でないと美味しいお茶が飲めないと思っていることです。世代によっては、「極み」と「ペットボトル」の間にある、 ちょっとしたことで美味しくなるお茶の世界を知らない方もいるでしょうね。 繰り返し地元の話に戻りますが、田舎の家には縁側があり、近所の方々がフラッと寄っていって、座り込んで自然な感じでお茶を飲む習慣があります。お菓子を食べながらお茶を飲み、一時間くらいおしゃべりをして、さっと帰っていく。こんな風景が当たり前にありました。あの感じはお茶だから演出できたように思います。
▪ 新原 私も同じ風景を見て育ってきているので、それを東京の至るところに作っていきたいという思いがあります。 今、自由が丘のお店はそのようなイメージで運営しています。
▪ 二俣さん さっと行って飲める。そういうサイズ感がいいですよね。また時間ができたら飲みにいく感じ。こういうのは大きな店舗だと難しいですが、コンパクトだとお店側の思いも伝わりやすい気がします。
▪ 新原 それは私も意識しています。ここで二俣さんに「warenai」を使ってお茶を淹れていただけたらと思います。
▪ 二俣さん はい。お湯を注ぎますね。どういう淹れ方がいいですか?
▪ 新原 右手で伴を回すような感じですね。蓋を中指で添えるとさらに丁寧な感じがします。写真的に(笑)。使い心地はいかがでしょうか?
▪ 二俣さん いいですね。綺麗なプロダクトだと感じます。柴田文江さんのデザインは僕にはできません。柴田さんのプロダクトは、 他にはないエッジやラインをしっかりと作りつつ、多くの方が受け入れるデザインになっている。見た瞬間にそれがわかります。今回の「racu」もそうですね。それは柴田さんならではだなと思います。
▪ 新原 私もそう思います。ここに至るまで、こだわりを持って何度も修正を重ねてきました。自分が柴田さんに思いを話すと、柴田さんは自分の作品にしようとはしません。クライアントが理想としている形を一緒に追求してくれるんです。
▪ 二俣さん 柴田さんのデザインを前にすると、プロダクトデザイナーとして、いつも正しい判断をされているなと考えさせられます。
▪ 新原 私もそう感じます。関わる方々皆さんへの配慮があり、製造上のロスも考慮したり、とにかく優しさに溢れているなと。お茶の業界では、プロダクトは極み用か、安価な大量生産のプロダクトか、その両極です。ですからプロダクトも自分たちで開発してきました。以前は伝統工芸士の皆様と共に急須を作っていました。そちらも、かなりの実績が現在もあり、私たちにとって大切なプロダクトですが、一方で、もっと楽に、でも雑ではなく綺麗にお茶を淹れるにはどうしたらいいか、と言う問いが自分にはありまして。これを具現化してくれるデザイナーを調べました。柴田さんとは面識はありませんでしたが、インスタグラムでメッセージを送ったところ、すぐに返信をいただきました。今回は哺乳瓶に使用され、ちょっとやそっとでは、割れないことで知られる「トライタン樹脂」で急須を作ることが念頭にありました。コロナ禍もあって「racu」の開発に三年かかりましたね。急須の本体は石川県にある樹脂工場で、茶漉しと陶磁器類は長崎の西海陶器がそれぞれ生産を担当しました。
▪ 二俣さん 急須はこのスタイルだからそもそも堅苦しさがなく、楽にお茶を淹れられるという印象があります。「warenai」が一つあると、日本茶を飲み始めるきっかけとなりそうですね。
▪ 新原 私たちはこれまで伝統的な急須を多く販売し、お客様からのアンケートも収集してきました。その中で、「割れる」「重たい」といったことが、お茶を離れさせる原因であることが分かりました。急須はまさにライフラインのような存在でもあるのです。今回、柴田さんが形状と機能で問題を解決してくれて、本当に良かったと思っています。
▪ 二俣さん この急須があることで、お茶との付き合いがずっと続いていくし、見通しが良くなっていく気がします。今日お話を聞いてそんな風に感じました。
最後までご一読くださり誠にありがとうございました。
本日使用した、ちょっとやそっとでは割れない急須「warenai」はこちらになります。よろしければご覧ください。
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