双亡亭壊すべし “詩”(巻頭歌)まとめ集
藤田和日郎先生作『双亡亭壊すべし』の表紙とカバー袖には、その巻ごとに坂巻泥努が詠んだとされる詩(巻頭歌)が載っています。
そんな24巻分の詩全て(最終巻のみ泥努の詩ではないので除きます)を個人的にまとめてみました。詩の特徴として、その巻のストーリーや表紙を飾っているキャラクターと詩の内容が関係していたりしていなかったりするので、表紙も併せて掲載させていただきます。
●第一巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
はむまあ片手に ぐるり 辺りを見回して
探しあぐねた 貴方は屹度
そろりそろりと また歩みはじめる
●第二巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
雛はこの世にかえりたし
けれど親鳥あんまり
大事にあたためるので 殻の中
ゆうらゆらり腐りてゆく
この世の果てにてはむまあが
卵に叩き落とされるまで
●第三巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
硝子の小鳥は砕けて消えた
鉢植え吹き飛び粉微塵
お庭は坊やにゃ 狭すぎる
壊したきもの 横目に見つつ よちよちと
踊れよはむまあ 地獄を見せろ
あの子の瞳はあとまわし
●第四巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
高い塀超え 花びら1つ
はあらはらり はむまあに止まる
ふり上げようか どうしよか
貴方は しばし 思案に暮れて
やっぱり綺麗な パノラマが
憎くて 花びら お空に飛ばす
●第五巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
海の向こから吹いてくる
潮風 頬にねぶらせて
此処じゃないとこ あすこに行こか
いえいえ何処にも行けませぬ
あすこに行っても居場所は在らぬ
此処でそいつを振り回せ
ぶむぶむ回す はむまあの
円弧の内だけ 貴方の居場所
波の音だけ聞いていな
●第六巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
たあれもいなひ 真昼の校舎
茅蜩かなかな 鳴いている
どことも知れず 昔の歌か 繰り言か
あの声止める それ迄は
はむまあ 家に帰らじと
あなたはかなかな わらひだす
茅蜩の 声しか辺りにゃ聞こえやせんに
●第七巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
祭りの音に 浮かれ出て
場違い 貴方は何としよ
梯子の芸などできゃしない
然りとて一体 何を売る
なんだ ぼくには此れが有る
ぴっかり光る はむまあだ
祭り囃子はないけれど ひめいとどごうがその代わり
とんとんしゃんしゃんとんしゃんしゃん
なんとしづかな村祭り
●第八巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
いつかこうして居たっけな
ちょうど其処に腰かけて
一緒にはなしをしただろう
忘れた 月夜の長い影
蓮華の花のむらさきも ひかった丘の景色すら
思い出すとてなんになる
それよりこの手のはむまあが
叩きて潰すこれからを 語り出すのを聞いてくれ
●第九巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
どっかで夜風が哭いている
いえいえあれは さうぢゃない
幽けき声が聞こえませぬか
闇より暗き鋏でもって
切り取られしが霊ぢゃ
たんぽぽ ふわふわ 綿毛が舞いぬ
それより軽き このからだ
何処に行こうか行くまいか
誰も聞かんし応えんし
壊せと指さす屋敷の破風に
月のあかりが射してゐる
●第十巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
彼の見る夢 ねんねこ仔猫
ぬっくいぬっくい 毛布に熟睡
彼の見た夢 楽しき夢よ
醒めたがなかった いついつ迄も
疫病んだ迷路に 声がする
はむまあござらばもて来てたもれ
なれば おはよう
そいつをたたきて 壊すのは
ぼくの現のおしごとぢゃ
●第十一巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
弓手のはむまあ 滑りで落ちぬ
ぐあらら、ら、ら、ら
昏くて昏い 夜の更ける
わたくしの弱きこの身に
指が這い 指が這い
かしこに ここに ふるえたる
顔無きその手 こごえる手
脳ずいの 瑠璃の海にてすさまじく
いついつまでも、舞くるふ
ぐあらら、ら、ら、ら
●第十二巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
坊やは独りで 虫捕りに
長く伸びたる 影のたけ
此処に止まった 彼処に逃げた
獲物はなかなかつかまらぬ
はらわた秘めたる はむまあの
握りの上にぞ 火が灯る
振るえ振るえよ 振るってみせろ
懶惰の夢か 幻か
壁の迫りし この場処で
長き影をばしたがえて
きのふの蝶を追いかける
●第十三巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
みちづれの 手紙を出さう お前宛
風が哭く夜の 駅前は
真っ赤なポストが 立ってゐる
老ひたる眼鏡の郵便夫
お前のお家を見つけやる
何処に居ても 居たとても
ふたふた此処を 見つけやる
白き封筒 封蝋は真紅
お前は読む暇あらばこそ
懺悔の月かげ はむまあ抱いて
うしろに わたしが立ってゐる
●第十四巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
窓から覗く顔がある
向こうの夜に たつた今
この目で見たのぢや このわたし
男か はたまた女だらうか
海の底から浮かび来る
水泡のやうな 其のまなこ
いやいや 目なんぞあつただらうか
そういや鼻口おぼろげぢや
そもそも顔すらあつただらうか
窓にうつった顔ない顔に
わたしは はむまあ振り上げる
●第十五巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
空を突き刺す 時計の塔は
刻む時間に 赤錆浮ひて
ぢきぢきぢきりとそびえ立つ
避雷針が貫ひた
空のはらわた あたいのまなこ
真っ赤な血潮が 軒先濡らし
あたりはいつしか 黄昏刻よ
のたうつ空の 苦悶の様に
塔の窓から 応への声が
覚悟が在るなら入って来りゃれ
いついつ鳴るやら 祈りの点鐘
誰も彼もが待ちぼうけ
●第十六巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
腕は手に付き 手は花に添ふ
其れを絵筆が掬ひ取り 画布に置かれし花の影
月が姿を切り抜ひて 長い廊下に忘れ去る
怖れは目に憑き 目は闇に添ふ
闇は置かれし廊下の奥に
月の光の届かぬ先に
腕は手に付き 手は はむまあに添ふておる
忘れられたる 恨みの花は
彼の時 額から這ひ出でて
のたくり乍ら おまへにいたる
●第十七巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
愛しい我が身をなんとしよ
思想も肌も脳髄も
初夏の陽射しの照り映えて
惚れぼれ覗く 手鏡に
朧な月が浮かんでる
月は東に日は西に 西の方から誰か来る
手にははむまあたづさへて
口づさむのは恋歌か わたくしへの恋歌か
大事な我が身をなんとしよ
思想も肌も脳髄も
こんな時にはだんまりよ
いっそ喰ろふてしまおふか
●第十八巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
風吹く 真夏の砂浜で
ひねもす 兵隊ねじ締める
砂がぱらぱら 螺旋は板に穴うがつ
ゆがんできしんで音たてる
おれの目玉は銃口だ
敵はどれだ 味方はどれだ
見えちゃなかった ナンにもな
うっすら笑って 死んでった
あいつの墓は 埋まってござる
日は暮れて 夜風が口笛吹くけれど
兵隊それにも気がつかず
目ン玉ねじで 締めつける
●第十九巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
包帯よりも 長いもの
それは一体何でしょね
それはお人形
お人形の 伸びた髪
私にひとふさくださいな
今もどくどく血を流す
魂それで巻きしめる
壊すべきは何もない
とうにわたしは壊れてる
●第二十巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
錆びたお船に乗り込んで
貴方はうつろな旅に出る
彼方の御国 此方の港 色々見たと思ふたが
気づいてみれば 家の庭 塀が鼻先 猫のでこ
ひさしにかかる上弦が
たまらずゲラゲラわらひだす
●第二十一巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
赤青黄はなんのいろ
お庭に咲いてる花たちを
ぜんぶ絵にかくいろの
でもでも どしても作れない
白と黒とが作れない
黒はだいじよぶ この家の
しゆじんが きずからしぼり出す
白はあすこの棚の上 細くて歪な壺の底
ねらい定めた はむまあが
小いさなおててに 握られて
的をめがけてひようと飛ぶ
●第二十二巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
木で枠作つて 亜麻布張つた
カンバス其れが あなたの世界
狭ひだらうか小さひだろか
画面を覗けば 其の奥に 遠く地獄が 現れる
夢見た地獄が壊すのは
童子を鞭打つ此の世の右手
ではではしからばわたくしは
向かふで終はりを待ってゐる
●第二十三巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
うらしまたろうはかう言つた
きれいごとなど信じない
なれば誰かのあの言葉
汚穢とのろひに満ち満ちた
きたなきことをば信ずるか
海の底で 高笑ふ 昏き笑顔を信ずるか
壊すべきを まちがえた
馬鹿は死んでもなおらない
●第二十四巻
壊すべきは何ぞ 壊すべきは何ぞ
壊すべきは誰ぞ 壊すべきは何処ぞ
壊すべきは過ぎ来し道か
壊すべきは今這う此処か
この我が身 我なりしか
閲覧ありがとうございました。改めて見ると双亡亭の詩は最早舞台装置としての域を超えていますね。
(私は個人的に17巻の詩が1番好きです。)