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なんでもない晴れた日に、僕は和服で街を歩く。

2020年11月27日。
僕はずっと待っていた。晴れていて水溜りもなく、それでいて、風が冷たい。こんな週末を。

クローゼットの奥から引っ張り出したデニムにゆっくりと袖を通す。
久しぶりに着ると、ずっしりとしたその重みに驚かされる。
白くて細いベルトを巻き、その上から金色の太いベルトをしっかりと巻く。
サラサラとした手触りの良い黒い外套を羽織り、最後にパーカーがついた灰色のカーディガンを羽織る。
玄関に出て、白いステッチの入ったお気に入りのマーチンを履いて、スマホと財布は袖に忍ばせる。
これでよし。

実に1年ぶりの一張羅だ。

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2019年。
僕にとっての大晦日は、12月27日の金曜日だった。

僕と親友は都内のとあるホールにいた。
座席はA列の14番と15番。ど真ん中のど真ん前。一体何年分の運を使い果たしたのかわからないけれど、奇跡のような座席だった。
ギリギリにきた親友が隣で息を切らしているうちに、三味線の音が聞こえて幕が開いた。

はち切れんばかりの笑顔で現れた桂宮治が、得意の客いじりと酔っ払い落語で大喝采を浴びたかと思えば、三遊亭小笑のもじもじしたゴニョゴニョした馬鹿な銭湯番が会場中を不思議な空気で包み込み、最後には会場中に響き渡る声と張り扇で、神田松之丞がキッチリと締めくくる。

若手落語家・講談師ユニットによる年末の一大イベント『大成金』は、大喝采の中に幕を閉じた。
時間にしたらたったの2時間弱。あっという間で、それでいて、衝撃的な時間だった。

僕にとって落語を聞くというのは、珍しい経験ではない。
新宿末廣亭には2ヶ月に1度は通っているし、柳家小三治や、三遊亭圓楽といった名人芸も聞いたこともある。それに、SpotifyのTOPには落語ばかりが並んでいる。
ただ、その話を聞くときには、『伝統芸能だな』『おもしろいな』そんなことばかりしか思わなかった。

でも、今日は違った。

舞台に上がるのは、自分と半周りも変わらない人たち。
それでいて、昔からの作品に、それぞれがそれぞれの魅力を纏わせて、現代ならではの形で口から吐き出している。
なんてかっこいいんだろう。なんて憧れるんだろう。

その熱が冷めやらぬまま、気づけば年が明け、2020年の最初の土曜日に僕は上野の和服屋に来ていた。

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小さな入り口を開けると、ちょっと無愛想な、ハットを被った店員が出迎えてくれた。
メガネをかけて髭をはやして、例えるなら、若かりし頃の古舘寛治のような男性だったと思う。

寛治『なんのための和服をお探しですか?結婚式?初詣?』
ぼく『あの・・・普段、着るために・・・』

今でも思う。きっとあの時、僕はどうかしていた。
普段の僕だったなら、『ちょっと気になって…ゴニョゴニョ…』と一人で物色していたはずだ。
しかし、その言葉を聞いたとたんに、寛治の目が変わった。

『初めてですか?色々あるんですよ。まずは襦袢を中に着ます。これはね、今の季節だったら白のタートルネックでもいいですよ。そして着物ね。色々あるんですけどね、カジュアルだったら、これとかどうですか、デニム地。いい色ですよね。暗いのと明るいのとありますよ。羽織はね、この黒いのがうちが一緒に作ってるブランドさんでね、さらさらしてていい感じでしょ。安いのでも色々ありますけどね、やっぱり肌触りが違うと、気になりますよ。あとはこの季節ならもう一枚羽織ってもいいと思うから、例えばこれ、カーディガン羽織。こういうのもあるんですよ。実は和牛の川西さんが着ててね。あ、見ました?ほんと?あ、似合いますね。いい感じです。あとは、帯紐に角帯ですかね。黄色とかいい差し色じゃないですかね。』

とまあ着たり脱いだりを繰り返しながら悩みに悩んで二時間後。

僕は右手に大きな袋を提げて、銀座線に乗っていた。そして左手には、12万と書かれたレシートを持っていた。

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この服を着るとき、僕は喜びというか、ドキドキというか、なんていうかふわふわした気持ちになる。

目を細めてゆっくりと街を歩くと、足や腕にしっかりと着物の肌触りを感じられる。
そうしていると、なんだかふわふわした気持ちの正体がわかってきたような気がする。

一つは、自分の憧れの人の服を着ているという嬉しさと気恥ずかしさ。
アイドルや歌手のライブになんて行かず、雑誌も読まずに育ってきた僕にとって、憧れの人と同じ服を着るなんて、29年で初めての経験なのだ。
もちろん、寄場にあがる人たちは、こんなフードがついたカーディガンを羽織ってはいないけれど。

もう一つは、『俺を好きなものを着ているんだ』と大きな声で叫びたくなるような自信。
いつだって、SNSを見て、ググって、かっこいい服がなんだとか、調べたりしてから、うんうん悩んで買い物をする。だってかっこよく見られたいから。でも、それって本当に僕が着たかった服なんだろうか。たまに、いや、よく、わからなくなることがある。
でも、今日は言える。好きじゃない人はこんな、和服なんてめんどくさい服、絶対に着ない。これは僕が絶対に大好きで着ている服だ。

そして最後に、これが一番自分の中で、ワクワクしていることだと思う。
自分が着ているこの服には、なんだか歴史が、そして、世界が詰まってる感じがするのだ。
江戸時代、いやもっと前から着られていたかもしれないこの和服。
それがアメリカの鉱山で生まれたデニムで織られている。
その上にフードがついてふわふわしたカーディガンを羽織り、足には、草履・下駄ではなくブーツを履いている。
なんていうか、特製スペシャルマシマシ全部載せなのだ!
こんなワクワクがあるんだろうか!こんなワクワクを着ていていいんだろうか!

雨で濡らしたくもないし、泥水で汚したくもない、そして、カーディガンまで全部着たい。
だからずっと待っていた。晴れていて水溜りもなく、それでいて、風が冷たい。こんな週末を。
こんな週末が続く、この季節を。

あ、そうそう。和服を着てもう一つ大きなことに気付いた。
和服を着てたって、街の人はそんなに僕のことなんて見てこない。
『好きな服だけど、着るのは恥ずかしい』
大丈夫。誰も君のことなんて気にしていないから。
だから、自分の好きな服を着たらいい。

そしてもし気になったなら、ちょっとどうかした勢いで、和服を買ってみて欲しい。
そしてまずはマーチンのブーツから。かっこ良すぎてやめられなくなるはずだから。

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素敵な男性用着物を販売されている藤木屋さんは、上野駅から西に5分ほど歩いたところにあります。

年末年始は駆け込み需要で年末にかけて売り切れ続出らしいので、お早めに。

ちなみに、僕は若い頃の古舘寛治を見たことはありません。

もり Twitter:@laforet_mori

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忘れないように、その日思ったことを書いていきます。ちょこちょこ文体変わると思います。

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