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勝手に「伝わる」と信じた不誠実の果て『室井慎次 生き続ける者』【ネタバレなし】【映画感想】

あらすじ

警察を辞めて故郷の秋田に戻り、事件被害者・加害者家族の支援をしたいという思いから、タカとリクという2人の少年を引き取り、暮らしていた室井慎次。しかし、彼の家のそばで他殺死体が発見され、さらにかつて湾岸所を占拠した猟奇殺人犯・日向真奈美の娘だという少女・日向杏が現れたことから、穏やかな日常は徐々に変化していく。かつての同僚であり今は秋田県警本部長になっていた新城に頼まれ、警視庁捜査一家の若手刑事・桜とともに捜査に協力することになった室井。そんな彼のもとに、服役を経て出所してきたリクの父親が訪ねてくる。

柳葉や筧利夫、真矢ミキらシリーズおなじみのベテランキャストたちに加え、日向杏役の福本莉子、タカ役の齋藤潤、桜役の松下洸平ら新たなキャストも出演。メインスタッフにも、プロデュースに亀山千広、脚本に君塚良一、監督に本広克行と「踊る大捜査線」シリーズを支えてきた顔ぶれがそろった。

https://eiga.com/movie/101719/

レビュー

TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の人気コーナー【週間映画時評 ムービーウォッチメン】課題映画になったので感想メールを送りました。このレビューはそのメールの全文です。

以下、作品の内容に触れています。あまり事前情報を入れずに映画を鑑賞したい方は映画鑑賞後にご一読くださいませ。 

そしてあらかじめ申し上げますが、この映画が好きだという人にとっては不愉快な内容になっています。

あなたの「好き」を汚すのは私の本意ではありませんので読まないほうがいいと思います。

なお鑑賞直後の熱量のままに、ネタバレありで書き殴ったものをご覧になりたい方はこちら。体力があるときに読むことをオススメします。



1:好奇心をくすぐった(褒めてない)

『室井慎次 生き続ける者』を見ました。私はドラマも映画も『踊る大捜査線シリーズ』に全く触れてこなかった立場ですが、大変興味深い作品となりました。

奇跡的な酷さの二部作だと思ったのですが、どうしてこんなものが出来上がってしまったのかという好奇心と、「あのセリフは自分の聞き間違いであってほしい」などの祈りを込めて君塚良一脚本が書き起こされている公式シナリオ・ガイドブックを買って熟読しました。

その上で達した結論が以下の通りです。

力量がない作り手たちが「この演出、このセリフがあれば観客には伝わってくれる」と勝手に観客を信じこみ、さらには製作陣による極めて不誠実なものづくりの果てに、君塚さんの狂った脚本だけが突出して際立ってしまった。これが「室井慎次」二部作です。

気になる箇所には付箋をつけるタイプ
宣伝をすればきっと何を書いても許してくれるだろう
と勝手に信じてAmazonのリンクを貼る

2:まず整理が要求される難解さ

前編『室井慎次 敗れざる者』評の中で宇多丸さんが

よくできてない、雑な作りの映画ほど説明を後からするのは難しい。なぜなら把握するのが難しい。構造がよくできてないから。

https://www.tbsradio.jp/articles/89508/(より一部抜粋)

と語っておられましたが、その意味が身に染みてわかりました。

後編『生き続ける者』を見た直後の率直な感想は「一体なにが起きたのか。一体私は2時間なにを見ていたのか?」と困惑していました。私は困惑しているのに、周囲には涙を流している人もいる。

狂っているのは私なのかもしれないと罪悪感に似た負い目を感じたので、まずは丁寧に記憶を呼び起こす作業から始め、どういうストーリーだったのか整理するところから始めなければなりませんでした。

今回の君塚氏によるラビリンス脚本は、多数のサブストーリーを小出しにしては次の展開、小出しにしては次の展開、を繰り返すので「えっと?今何の話をしてるんだっけ?」という疑問が先に湧いてくる。で、冷静に整理するとやっぱり「展開としても倫理的にもおかしいだろ!これ!」と怒りが後から湧いてくる。

君塚氏が煙に巻くという戦術をマスターした・・・のか知りませんが、今回の最大のサプライズは「アイツ」がエンドロールで登場することよりも、「室井さんの家の近くで他殺体が発見された件」がメインストーリーではなかったことです。

個々のディティールのツッコミどころは誰かがやるだろうし、私も自身のnoteに書き殴ったのでそこには触れません。

今回はこの映画の製作陣の問題点について指摘したいと思います。

※再掲


3:馴れ合いで出来上がった二部作

キネマ旬報から発売された大変有益な資料「室井慎次 敗れざる者/生き続ける者 シナリオ・ガイドブック」には主要製作陣のインタビューが掲載されていました。

この映画の発端は君塚良一氏が「室井を成仏させたい」と亀山Pにメールをしたことから始まったとのことです。

成仏?なんだそりゃ」と思って読んでいると、(すごくひねくれた読み解きをしていますが)「いま取り組んでいる『教場』というドラマを書いていると「室井」が頭をよぎって支障がでるから「室井」を終わらせたい」と言っているように聞こえて、プロの作家ならそこは切り分けて考えろよとか思ったのですが、「室井」や「俳優・柳葉敏郎」への熱い想いがあるのは理解しました。


で、たびたび指摘されているとおり、君塚さんと亀山Pの中ではBSフジで30分×4話くらいのドラマのつもりで最初はスタートしたこの企画。

きっと企画を聞いただけで「こりゃダメだ」と思った本広克之監督と柳葉敏郎さんは最初はNGを出していたとのことです。特にこのシナリオ・ガイドブックによると、意外にも本広克之さんの乗り気の無さがハンパではなかったことが君塚さん・亀山Pの証言から明らかになっているのが面白かったです。


時系列で整理するとこういうことのようです。

①君塚氏が「もう一度室井を描きたい」と亀山Pに相談
②亀山Pは製作に向けて動いたがフジが黙ってなかった
(『踊る~』の権利はBSフジではなくフジテレビのもの)
③亀山Pが交渉し、前後編2部作の劇映画にすると決定
④しかしまだ本広さんと柳葉さんはまだOKしていない
⑤本広さんを乗り気にするため「事件」の要素を入れた
(当初は室井が淡々と農業をするだけの映画だった)
⑥亀山Pはロケハンなど製作に向けて奔走
⑦しかし出演OKしていないのに企画が進行していることに柳葉さんが不快感を示す(柳葉さんが「秋田の設定なのになんで秋田でロケをしないんだ」と意見したことに亀山Pが逆ギレ(?)して揉めたなどのエピソードあり)

でも、なんやかんやで仲直りして撮影開始したようです。

面白いのは、亀山Pと柳葉さんが大ゲンカをしたとき、この時点でさえ本広監督は心の中で「これで、この企画はなくなるぞ!」と心の中でガッツポーズをしていたそうです。どんだけ乗り気じゃなかったんだよ。


つまり、室井&柳葉敏郎に過剰な思い入れを寄せた「君塚良一」に、馴染みの仲間は必ずついてきてくれると思い込んで色々暴走した「亀山千広」がいて、全然乗り気じゃない「本広克之」のために「君塚良一」がリライトし、渋々出来上がった作品なんだと私は解釈しました。


4:償い?家族?いやいや自分たちで勝手に納得しないでください

結局のところ、本人曰く「ロシア映画」だという淡々とした映画を作りたかった君塚さんの考えがあったはずなのに、本広さんを引っ張り出したいがために無理やり「事件」の要素を書き足したのでこんなことになってしまったのです。

「事件」の要素のヤケクソぶりはそうでないと説明がつきません。本気でこれが面白いと思っているなら狂っています。冗談抜きで「事件は主人公が解決するんじゃない!勝手に解決しちゃうんだ!」がいくところまでいってしまっています。

これらの製作の経緯から見るに、やはり「室井さんの家の近くで他殺体で発見された件」は本広さんをヤル気にさせるためだけのオカズにすぎず、脚本の重点は「室井さんの償い」「室井さんの家族」の話に置かれているといえるでしょう。

ではこちらをメインと思って咀嚼してみると、養育者・室井慎次のダメダメさが浮き彫りになっていくばかり。ひとつひとつのダメポイントを挙げるとキリがないのですが、総括するならば「悪いことをしたと自分で気がつくのを室井さんは待っている」といった主旨のことをタカが言いますが、「暴力をふるわないかぎりは「叱る」ことは大人の責任」であり、とにかくダンマリを決め込む室井さんは養育者失格でしょう。

【そして、君たちを、信じる。】が本作のキャッチコピーのようですが、かように「言わなくても通じ合える」「言葉にせずとも観客は信じてくれる」といった作り手の舐め切った思い込みがこの作品を難解でつまらないものにし、さらに君塚氏が抱く不快としかいいようのない、世の中や特定の属性の人々への偏見・不満が表出してきて「つまらないだけで終わればいいのにとてつもなく不愉快な映画」になっていると思います。


5:タテ社会の不健全さを体現?

個人的に最も不健全と考えているのは、この制作陣のインタビューを読むと、全員が微妙に責任を回避できる仕組みに図らずもなっている点です。

君塚氏にしてみれば「僕はもともと農業をやってる室井さんを描きたかっただけで、事件とか過去シリーズの因縁とか興味なかったんだよね」と言い訳できる。亀山Pからすれば「君塚さんがやりたいって言ってるのを実現するなら映画にするしかなかったもん」と主張できる。本広さんは「そもそも僕はやりたくなかった」という言い分がある。

本広さんはたびたび「なぜ僕がこれを監督しないといけないんですか?君塚さんや亀山さんが監督すればよくないですか?」と疑問をぶつけていたようです。それに対し2人は「君でなきゃ「踊る」じゃないよ」「君の新しい作家性を見せてくれよ」と聞こえのいい言葉で押しつけたのではないか、と私は邪推しています。

私は本広さんの肩を持つわけではないですが、世話になったパイセンの圧力に負けて本広さんは「監督」をやらざるを得なかったのではないでしょうか。


私は「踊る」のドラマシリーズを見ていませんが、警察組織で起こるタテ社会のゴタゴタを描いて人気になったと聞いています。皮肉にもこの「躍る」製作トリオがそのタテ社会の圧力をなぞっている気がしてなりません。先輩後輩の馴れ合いがこんな歪な二部作を作ってしまったのではないか?と私は見立てています。

織田裕二さん主演で新作公開も決まったということで大変めでたい中で恐縮ですが、ちゃんと考えて映画を作りましょうよと製作陣に言いたいですね。


番組の尺をフル稼働させて熱く語る宇多丸さんの評はこちら。


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