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「アメリカンドリーム」が生んだ怪物。『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』【映画感想】
あらすじ
1980年代。気弱で繊細な若き実業家ドナルド・トランプは、不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ破産寸前まで追い込まれていた。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き弁護士ロイ・コーンと出会う。勝つためには手段を選ばない冷酷な男として知られるコーンは意外にもトランプを気に入り、「勝つための3つのルール」を伝授。コーンによって服装から生き方まで洗練された人物に仕立てあげられたトランプは数々の大事業を成功させるが、やがてコーンの想像をはるかに超える怪物へと変貌していく。
レビュー
TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』の人気コーナー【週間映画時評 ムービーウォッチメン】課題映画になったので感想メールを送りました。このレビューはそのメールの全文です。
1:意外と王道でフラットな映画
『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』見てきました。
アリ・アッバシ監督のテーマ「変容」が盛り込まれているものの構造としては極めて王道!
いかにもアメリカ人が好みそうなサクセス・ストーリーの主人公に、ドナルド・トランプを起用したことで、観客に能動的な思考を促すことに成功している映画だと感じました。
2:実は古典的な映画ではないか?
トランプが公開阻止に動いたなどの噂を聞いたので、てっきりトランプに対してかなり批判的な内容なのかと思いきや、実はトランプ本人をジャッジする視点があまりないことに良い意味で拍子抜けしました。
野心に燃える青年が栄光を手にするものの、その成功の陰でかつての素朴さを失ってしまう。
この要素だけ抜き取ると『市民ケーン』だとか『グレート・ギャツビー』のようなアメリカンクラシックを想起させます。
そしてロイ・コーンから伝授された成功のための3つのルールがいかにもステレオタイプな「アメリカ」的発想。
「攻撃・攻撃・攻撃」
「非を絶対に認めるな」
「勝利を主張し続けろ」の3つ
下手するとこの映画、トランプ支持者や野心的な実業家が見たときに「そうそう!成功者になるにはこういうガッツが必要だ!」と得心する可能性すらある描き方をしています。
3:意外なほどフラットな視線の意図
私は少なくとも初見時には、この映画に対し意外なほどフラットにドナルド・トランプを描いていることをナイスなアプローチとして受け止めました。性加害やモラルの面で明らかにアウトな部分も描かれますが、兄の死を悲しむ際の過剰にマッチョな態度など、彼に対し「哀れむ」という意味も含め同情的な感情を観客に抱かせています。
このフラットさをはじめ、本作はアリ・アッバシというアメリカに対して複雑なルーツを持った表現者による「アメリカン・ドリーム批評」だと思いました。
もしこの映画の主人公がドナルド・トランプでなかったとしたら、『ソーシャル・ネットワーク』などのような、実業家の成功の陰で起きていた友情と裏切りを描く百万回みた「アメリカン・ドリーム」映画になっていた気がします。
4:世界一の権力者だと知っているからこそ⋯
しかしながらこの映画の主人公をトランプにしたことで、彼が後に大統領となり、大統領としてアメリカに何をもたらした人物なのか、そして現在進行形で世界にどんな影響を与えている人物なのかを全ての観客が把握している状態で鑑賞しているため、フラットさがむしろに異様に感じられる作品になっていると思います。
この違和感によって「これはあなたたちが夢見てきたアメリカン・ドリームの体現者です。でもこの人物の現在をあなたはどう思いますか?」というメッセージが浮かび上がって来る気がします。それが魅力の映画ではないでしょうか。
5:とはいえ現実をみつめると⋯
ですが、ちょっとモヤモヤするのも本音ではあります。
つい先日までは、この映画がトランプ的な振る舞いをあえてフラットに描いている点を肯定的に感じていました。
しかし彼が実際に大統領となって早速尋常でない数の大統領令にサインをし、明らかに人権侵害的な内容も含んでいるにも関わらず熱狂する人々がアメリカ国内外にいる。そしてイーロン・マスクを始めとする自身に好意的な人物には特別な対応を、反対に前政権に関わっていた人物を徹底的に排除するという姿勢を臆面もなくやってのけている。
なにより直近では、元兵庫県知事の死去に関する立花孝志氏の態度は先述した3つのルールを体現しており、ロイ・コーンが提唱した勝利の哲学って本当にクズだなという気持ちが私の中に湧いてきています。
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誤報に関する謝罪であって、竹内氏やご家族に対する謝罪ではないんですよね
端的にいえば、最初はフラットだからこそいいバランスと思っていた本作でしたが、鑑賞後からたった数日の間に「もっとハッキリとトランプ的思想にNO!を表面する映画としてまとめてもよかったのではないか?」と思い始めています。
時代に合わせた音楽と映像の演出、なにより俳優たちの熱演が光る素晴らしい映画であることは前提として、ややモヤっているのが今の偽らざる心境です。
ただ、賛否でいえば賛であり、色んな人に見てもらいたいなあという気持ちは抱いております。
あとがき
見たことないタイプの伝記映画なのは間違いないですよね。
日本では新政権誕生直後のタイミングで公開されているのもラッキーなことですので、色々な人に見てもらいたいものです。
「攻撃・攻撃・攻撃」「非を絶対に認めるな」「勝利を主張し続けろ」
先のメールの中でも触れましたが、日本においてSNSで影響力を持っている(とされている)政治家の一部はとにかく「攻撃」の手数が多い。
または、誹謗中傷とはいえない、健全な批判に対して「ブロック」をすることで「ボロをださない ≒ 非を認めない」デジタルな元大臣みたいな方もいらっしゃいますよね。
少なくとも、「勝利ではないが敗北でもない」という状態を作ることで一定の支持をキープし続けている方が多い印象を受けます。
政治家だけでなく、「人生勝ち組」感を漂わせて、相手を論破して「冷笑」するのが大好きな界隈の人々にも通ずるものがありますよね。本作は「勝ち負け」にしか興味のない人間がとことんそれを突き詰めたらこんな怪物になっちゃうよ、というシミュレーション映画とも思います。で、論破大好きな人たちも「勝ちたい」だけなので、よく聞いてみたら浅はかなことしか発言していない、なんてこともしばしば見受けられます。
先の兵庫県知事選では情報が多すぎて何が真実かわからなくなった、だから前知事に投票した、という方が多くいたようですが、「情報」以前に見るべきところってあるんじゃないのと外から見ていました(兵庫県民ではないので)。
事実は
前知事は、「県政に深刻な停滞と混乱をもたらした政治的責任は免れない」として兵庫県議会から全会一致で不信任決議を受けて失職した人物。
ですよね。
その後にどんな情報がでてこようと、私としてはこの事実だけで十分、絶対に投票したくない理由になっていました。まあ、投票権はなかったんですけどね。
「よく「事実」と「意見」は区別するように」と言われますが、
いまは「情報」と「事実」と「意見」を注意深く見なければならない社会になっている気がします。
「情報」は事実のような顔をして近づいてきますが「事実」ではない。
話が逸れてしまいましたが、宇多丸さんのファクトチェックで衝撃を受ける本作の評論はこちらから。
父親のあのセリフ、実際にはトランプが言い放ったらしい。最低かよ。