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信用を棄損する同調者

同調圧力という言葉が一般化して久しいが、現代ほどそれが強く可視化される時代もないだろう。SNSの普及によって、世間の「正しさ」の基準は瞬時に変化し、人々はその都度、無意識に意見を調整する。だが、この表面的な同調こそが、長期的には信用を棄損する要因となる。


「みんなが言っているから」「流行っているから」——こうした理由で意見を決めることが、社会においては一種の防衛手段として機能している。しかし、それが過剰になれば、自分の考えを持たない人間として見なされる。そして、流れに応じて昨日と言っていることが今日には変わっているような人物は、周囲からの信用を徐々に失っていく。

SNSでは特にこの傾向が顕著だ。昨日まで絶賛されていた価値観が、翌日には全く逆の立場で攻撃される。その変化に即座に適応することが「正しさ」だと考える人々は、次第に自らの一貫性を失っていく。問題なのは、それが「無自覚」に行われることだ。自分の信念ではなく、「その時に叩かれないための意見」を繰り返し表明していると、いざ本当に重要な局面で何かを語ろうとしても、誰からも信用されなくなる。


「波風を立てないようにする」という選択は、一見すると賢明に思える。組織や集団の中で自分の意見を押し通そうとせず、多数派に従うことで摩擦を避ける。その結果、短期的には平穏に見えるかもしれない。しかし、こうした態度が習慣化すると、その人物は「自分の頭で考えない人」と認識されてしまう。

例えば、企業の中では「イエスマン」と呼ばれるタイプがいる。彼らは上司や組織の意見にただ頷くだけで、自らの意見を主張することはない。こうした態度は、一時的には「無難」に思えるが、長期的には「信用できない」人物として扱われることになる。なぜなら、組織に問題が生じた際、彼らは責任を回避し、空気に合わせて意見を変えるため、誰も頼りにしなくなるからだ。


信用を築くためには、一貫した姿勢が求められる。それは「最初に持った意見を絶対に変えるな」という意味ではない。むしろ、意見が変わること自体は問題ではなく、その理由を説明できるかどうかが重要なのだ。

もしも自分の考えが変わったなら、その背景や根拠を明確にすること。これができる人は「しっかり考えている人」として見なされる。一方で、ただ単に世間の流れに乗って意見を変え続ける人は、信用を得ることができない。信用とは、ブレずに自分の考えを持ち、それを言葉で説明できる人に集まるものだからだ。


同調することは、時には必要だ。だが、それが無思考の結果であってはならない。特にSNS時代では、次々と移り変わる「正しさ」に振り回されることなく、常に自分の頭で考える習慣を持つことが求められる。

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