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まさかの30年〜聖飢魔II沼の世界〜
はじめに
#ハマった沼を語らせて というハッシュタグが目に入ったので、私がハマってから30年以上抜け出せない深い沼について語ろうと思う。その沼の名前は「聖飢魔II沼」──DEATH!
聖飢魔IIとは
お若い方は「聖飢魔II(せいきまつ)」というバンドはご存知ないかもしれないが『お前も蝋人形にしてやろうか!』で有名なデーモン閣下はご存知だろう。白い顔の悪魔のお姿からは想像できない深い教養を持ち、相撲解説から時事ネタのコメンテーター、クイズ番組への出演、時には悪魔であるにもかかわらず省庁や自治体の啓蒙活動にも参画されるマルチ・アーティストである。ただ、残念ながらその知名度に反してデーモン閣下に並外れた歌唱力があることはZ世代にはあまり認知されていないかもしれない。
さて、聖飢魔IIとはそんなデーモン閣下がボーカルをつとめたバンドの名前である(正確には悪魔教で人間界征服を目論む宗教団体なのだが、ややこしいのでここではバンドという体裁で話を進める)。「ボーカルをつとめた」と過去形にしたのは、聖飢魔IIは1999年に解散しているからだ。彼らは1985年のデビューから「1999年に解散する」ことを公言し、1999年12月31日の23:59から2000年1月1日の0:00の間に地獄に帰還してしまった。しかし、定期的に人間界を調査するという名目で2005年(地球デビュー20周年)、2010年(同25周年)、2015年(同30周年)、2020年(同35周年)と5年に1度のペースで再集結を果たしている。驚くべきことに、回を追うごとに再集結の規模は大きくなり、35周年はコロナ禍を乗り越えて代々木体育館での大黒ミサ(ライブのようなもの)で締めくくった。そして今年2025年、40周年の再集結が予定されているという化け物バンドである。
沼にハマったきっかけ
わたしが聖飢魔IIにハマり、信者(ファンのようなもの)を自称するようになったのは1992年ごろだったと記憶している。当時の同級生S子ちゃんが聖飢魔IIの最新アルバム『有害』を貸してくれた。それまでテレビやラジオで流れるJ-POPか、父が聴いているフォーク・ロックしか知らなかった私は、その重厚かつ複雑なサウンドと深遠な歌詞の世界に衝撃を受けた。時は平成のバンドブーム全盛期。聖飢魔IIはそれよりも5年ほど先んじてSONYからデビューしており、メディアの露出も多く、簡単に彼らの音楽にアクセスすることができた。それ以来、テレビを録画し音楽雑誌を買いあさり、彼らのインタビューを読み、都内のミサ(ライブのようなもの)にも通うようになった。
不思議なことに、聖飢魔IIにハマる前にどんな音楽が好きだったのかまったく思い出せない。よく「オタクになるとオタクになる以前の記憶がなくなる」というが、そのくらい強烈な出会いだったのかもしれない。
沼について語る
沼その1:多様な音楽性
先述したように聖飢魔IIの音楽は「複雑」だ。デビューEPが『悪魔が来たりてヘヴィメタる』というタイトルだったこと、KISSや歌舞伎を思わせる白い顔に奇抜な髪型、革と鋲と鎖をふんだんに使ったコスチュームのせいでヘヴィメタバンドだと思われているが、彼らの楽曲は実に多様で、近年デーモン閣下も「聖飢魔IIの音楽はヘヴィメタルの要素はさほど多いわけではなく、最も近いものはハードロック」と形容している。
それもそのはずで、デーモン閣下が最も影響を受けたのはアリス(言うまでもなく日本フォーク・ロック界の雄、谷村新司氏・堀内孝雄氏・矢沢透氏のアリスである)、多くの作曲を担当しているギターの三名、エース長官はフュージョンやジャズ、ソウル、ジェイル代官はルーツ・ミュージックやオールド・ロックやブルース、ルーク参謀はフォークとブリティッシュ・ロック、リズムを支えるベースのゼノン和尚はファンク、ドラムのライデン殿下はプログレと実に多様。それでもやっぱり爆音のロックが大好き!という彼らから繰り出される音楽はバラエティに富み、テクニカルで時にオマージュやパロディも含んだ幅広い音楽性で私の音楽の趣味をぐいぐい広げてくれた。
また、大教典(アルバムのようなもの)も回を追うごとにその音楽性が変化する。ファースト・アルバムである『THE END OF THE CENTURY』こそヘヴィメタル色が濃いが、以降はアルバムごとにカラーが異なる。当時のプロデューサーの意向も反映されているとは思うが、私はこの音楽性が「ないようである」聖飢魔IIの音楽がファーストコンタクトだったため、彼らが影響を受けたというレッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、レインボー、ELP、イエス、ジャコ・パストリアス、パット・メセニー、カンサスはじめ、どんな音楽を聴いても「聖飢魔IIの曲っぽいな」と思ってしまう。いや、逆だろと思われるだろうが、聖飢魔IIが音楽におけるお母さんなのでしょうがない。
沼その2:華やかなミサ
聖飢魔IIの真骨頂はミサ(ライブ)にある。構成員(メンバー)が日替わりで担当する陰アナウンスからはじまり、豪華な舞台装置、ドラマティックなセットリスト、日替わりの演出、幕間には信者からのおたよりを読むコーナー、なによりデーモン閣下の歌唱力と楽器陣の高度な演奏技術に支えられたパフォーマンス──華やかなギタリストセクション、床が震えるほどのパワフルなリズムセクション──、そして終演後は時事ネタ・地元ネタを入れた閣下のお見送りアナウンスでたっぷり楽しませてくれる。その完成度の高さはライブ・コンサートというよりも「ショー」という方がしっくりくる。
また閣下と観客によるコール&レスもほかのバンドとは一味どころかだいぶ異なり、いまや垢BANおよび凍結リスクが避けられない「◯せ!(=対象の生命活動を停止させろの意)」というようなワードを思う存分大声で叫ぶことができる。
沼その3:抱腹絶倒のトーク
構成員全員、話がおもしろい(これはガチ)。最近はミュージシャンというよりコメンテーターだと思われているほどトークが達者なデーモン閣下だが、ミサにおいて閣下がむしろ司会進行に徹さねばならないほど他のメンバーがよく喋り、たまに制御不能に陥ってタイムアウトで強制終了されたりする。会場ごとにMC担当者が変わるのもお楽しみ。ロックのライブでちょっと意味がわからないと思うが事実です。
沼その4:多彩な演出
また聖飢魔IIは活動中、折に触れ劇団☆新感線とのコラボレーションを実現させてきた。1999年の解散ミサにおいてはいのうえひでのり氏が演出を務めている。また、日本舞踊、邦楽器とのコラボレーションなどもあり、その演出は幻想的な非日常感を味わわせてくれた。この試みはのちにデーモン閣下が引き継ぎ、現在では邦楽器との演奏会を定期的に行っている。
舞台美術も素晴らしい。ドームやアリーナのような大掛かりな仕掛けはないが、ミュージカルのようなセットはホールだからこその近さと没入感がある。ちなみに35thのNYの裏路地みたいなセットもかっこよかった。
沼その5:美しい戦闘服
聖飢魔IIがライブパフォーマンスを行う際に身につける衣装を戦闘服と言う。これは映像作品『牙狼』などの衣装を手掛ける地獄の仕立て屋ことJAP工房が担当しており、本活動時はもちろん、再集結のたびに楽しみにしている要素のひとつでもある。その絢爛豪華な衣装と時に構成員の肩に乗る魔獣をじっくり見るのも楽しい。ファンタジー世界から抜け出したようなデザインと美しいディテールはどの角度から見ても美しく、宝塚や歌舞伎、あるいは台湾人形劇の霹靂もかくやというほど。再集結のたびに過去の衣装も展示される。
沼その6:旅と美食
聖飢魔IIは1999年の本活動時も、再集結も一貫して全国ツアーを行う。当然地元東京公演は行くのだが、遠征も楽しい。聖飢魔IIは会場が「各県庁所在地の公立ホール」になることが多く、これが実にちょうどいい。超有名アイドルのようにファンクラブ会員になったところでチケットの当選率が著しく低いわけでもなく、ドーム・アリーナ公演限定で大都市に限られるわけでもないのがありがたい。
しかも県庁所在地がある都市は多くの場合、美しい城下町・門前町だったりするので、ミサにかこつけて観光や美食も楽しめてしまう。最高じゃないですか。
私は、聖飢魔II沼で知り合った友人たちと日本各地で地酒と美食を満喫している。推しを見てから美味しいものが食べられるなんて幸せの極み。これは学生時代にはなかった楽しみ方だ。
おわりに
そんなわけで、中学生で初めて聖飢魔IIの音楽に触れミサに参拝して以来、気がついたら30年を過ぎ、2025年現在も沼の底でチケット争奪戦に参加している。ひとえに、定期的に人間界に視察に訪れてくださる悪魔のおかげである。いろいろと好きなポイントを書き連ねたが、なにより10万60歳も過ぎた悪魔がミサのためにリハーサルを重ね、身体をつくり、死に物狂いでパフォーマンスしているのを眼の前で観て感動しないわけがないのだ。掛け値なしにかっこいい。
どうかゼウスの妨害(予想していなかったトラブルの意)、人間界の重力や流行り病に負けず、万事快調に40周年を駆け抜けていただきたい。