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『チ。』を経ておもう、サカナクション『怪獣』の歌詞と鬱。
①何度でも
何度でも叫ぶ この暗い夜の怪獣になっても
ここに残しておきたいんだよ
この秘密を
②だんだん食べる 赤と青の星々
未来から過去を
順々に食べる
何十回も噛み潰し 溶けたなら飲もう
③丘の上で星を見ると感じる この寂しさも
朝焼けで手が染まるころにはもう
忘れているんだ
④この世界は好都合に未完成
だから知りたいんだ
でも怪獣みたいに遠く遠く叫んでも
また消えてしまうんだ
山口一郎氏自身、アニソンであること、かつ『チ。』という物語の雰囲気を相当に意識して書いたと話している、OP曲『怪獣』の歌詞。
私は原作勢であり、かつアニメも観ているが、よくもここまであの物語の空気とサカナクションというバンドの特殊性を両立させた歌詞を書けるものだと感服する。
ただここでは身勝手な解釈をして、『チ。』という物語を離れたとき、この歌詞が示唆するものはなんなのか解体を試みてみたい。
注意だが、ここでは山口一郎氏が精神疾患を患ってしまったことを軸に話を展開する。ご本人も公言していることと、私自身が精神疾患当事者であることもあり、かなり曲解が混じるが、そこはご容赦いただきたい。苦手な方はそっ閉じを。
さあ始めようとなる前に。
彼は、これを歌詞カードに載せるとき、どこで節を区切るだろう。そもそもそれが気になるが、いったん都合よく区切ってみた。
まず、①から。
暗い夜の怪獣は、闇のような鬱の底に沈んでしまった自身のことではないか。健常であったころの物差しから考えると、何もできなくなった自分を、無価値な〝害獣〟と感じてしまうときもある。
声をあげて伝えたいことがあっても言葉が出ない。助けてほしいときもあれば、病気になったことを知られたくないときもある。これまでと同じ言語や思考が通じない自分。それは、自分から見ても怪獣のようなものだ。
それでも、他に替えの利かない音楽という己のすべてを失いたくない。己のすべてなんて、秘密以外の何ものでもない。
②赤と青、これは肉と魚にも通じる。食べることはすなわち生きることだ。また、血や汗、そして涙ともとらえられる。これも然り。
そうした根本が瓦解したとき。ろくに食事ができないとか、人並みに動いて汗もかけず、不意に涙してしまったとき。これまではなんだったのか、未来から過去を反芻する時間は、避けては通れない。
様々な色の薬のシートにもなぞらえることもできるかもしれない。物理的に噛み砕いて飲むことはあまりないが、意図せずそうしてしまう人もいる。
向精神薬や安定剤、睡眠薬の類いを飲む行為は、経験のない人が考えるよりはるかに懐疑的で、不安をともなう。溶けるという言葉は容れるという字を含むが、病気や薬といった現実を目の前にして、それを受け容れ飲みこむのは、けっして簡単なことではない。
③丘、ここにまず思い当たるのはライヴステージだ。数多の明かり。視線。オーディエンスという星々。喜びとともに終わってしまう寂しさ。これはそのまま、彼らがここまでたどり着いた高みとしても考えられる。
一方朝焼けは、天気が崩れる予兆でもある。その気配が手を染めるころ、ようやく動き出せた喜びや、やりきった後の良い意味での儚さや寂しさは、以前のような心身の体力がともなわない寂しさに変化してしまうのかもしれない。
積み上げたキャリアが崩れ、ファンが離れる怖さや寂しさなんて、常人には計り知れないものだろう。
④好都合に未完成という言葉には、私はかなり皮肉を感じる。最たるものに「寛解」という言葉がある。現代医療において、精神疾患に完治という言葉は基本的に使われない。悲しいかな、非常にずるい。だからこそ、今の自分は、周りから見てどうなのか、これからどうしていけばいいのか、知りたくなる。
突き進むしかないのかと足掻き、藻掻く。それはまさに〝モンスター〟バンドのフロントマンとして叫び声をあげることにほかならない。
泡沫の達成感。でもまた消えてしまう。それは自信か。あるいは何らかのアイデアか。人か。寛解に近づけているという喜びか。
苦悩して苦悶して、それでも薬を飲んで、不意に調子がいい時間帯がくると、まるで何事もなかったように不安が消えることもある。身勝手で制御のきかない怪獣。
個人的に過ぎるのは百も承知だが、かなり暗い歌だと解釈している。だからこそ、ここから先の歌詞がどう振れていくのか、非常に気になる。
この歌が希望が見える結末にたどり着かなくてもいい。この歌が完成することこそ、希望でなくてはなんなのか。
どれほど時間がかかっても、この歌の完成を願うこともまた、私にとっては希望といえる。