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そろそろ〆ですし(12月エッセイ④)

 年の瀬になり、今年の頭に立てた目標を改めて見返してみた。目標7つのうち2つしか達成していなかった。去年達成した項目はひとつだったから、少なくとも1歩は進めたのかもしれない。

 達成できた項目の1つは「映画館で20本以上映画を見る」だった。大学4年生の時に、月曜日に昼過ぎから始まる授業を1コマだけ取っていた。就活の時期も被っていて、まるで行く気が起きなかった時に、大学近くのTOHOシネマズで9時開始の作品を見に行くという習慣を作ることで乗り越えた。その時に映画館で映画を見る楽しさを改めて感じた。
 映画を見る度に予告を見て、また映画館に来たくなる。それを繰り返しているうちに何度も足を運ぶようになった。ただ一度離れると、見たい映画があっても何となく、まぁいいかという気持ちになる。どうせ後からサブスクで見れるし、と思っていると結局サブスクでも見ないし、そもそも入っているサブスクに来ないみたいなパターンが多い。
 これはもったいないと思って、最低20本の条件を付けることで見たい映画はすぐに見に行くようにした。今日までに24回映画館へ足を運んだ。同じ映画を2回見るということも何度かした。

 中でも一番好きになった映画が「ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリデイ」で、映画館で1回、DVDで1回、再上映でさらにもう一度見た。嫌われ者の古代史教師ハナムとクリスマス休暇に寄宿学校で居残りとなった生徒・アンガス、そして2人とともに学校に残る食堂の料理長のメアリー、3人のほろ苦くも心に沁みる物語だ。生真面目さと頑固さから生徒からも教師からも嫌われるハナム先生だけど、芯にある優しさ、温かさと含蓄のあるセリフの数々に触れる度、落涙した。

 再上映を見た帰り道、友達と感想を言い合いながら、三軒茶屋から池尻大橋を通って渋谷へと散歩をした。道中、うどん屋さんを通りかかった時に、ふとアルバイトの記憶が蘇った。

 チェーンのすし居酒屋でアルバイトをしていた頃、始めてから半年くらいして新しい店長がやってきた。身長は160センチ後半くらいで、ぽっちゃりとしていた。顔はまるまるとしていて、表情と声色はいつも不機嫌に見えた。その店長は前の店長よりも厳格でアルバイトの店員にもきっちり指導をする人だった。学生バイトの細かい仕草にも目を配っていて、何度も怒られた。
 大学1年生初めてのバイトにも慣れてきた僕にとっては、悪夢のような出来事だった。前の店長よりかは格段に手際が良く、仕事は前より早く終わる。その分時給は削られた。今よりさらに生意気だった自分にとってはすぐに苦手な店長になった。
 それでも、カウンターの前に立つ店長とお客さんの会話を聞いていると、魚に関する知識はものすごく、お客さんをもてなす精神にも満ち溢れている人だということは分かった。

 ある日、冬限定のあんこう鍋を食べていた2人組の女性のお客さんから締めにうどん2玉を注文された。注文を通すと、すぐに店長から呼び出された。「女性2名で2玉って多くない?ちゃんと確認した?」と聞かれ、聞いてないですと答えると「この量を把握してるあなたがそれを教えてあげるのが仕事でしょうが。」とため息交じりに怒られた。自分は別に食べられるから頼んでるんでしょと思いながらも、一応お客さんに2玉で大丈夫か確認しに行った。すると、「あ、多いんですね。じゃあ1玉にしておきます。」と言われ、会計時には「1玉でちょうどよかったです。教えてくれてありがとうございました。」とまで言われてしまった。
 お礼を言われたことは特に店長には伝えなかった。

 映画の終盤、ハナムとアンガスが博物館を訪れ、様々なことをアンガスに教えている時に、アンガスがおそるおそるハナム先生に「学校でも怒鳴らず、優しく教えてよ」というシーンでハナム先生はハッとしたような顔を浮かべる。徐々にお互いを理解し始めていた2人はそこでより距離を縮めたように思う。
 自分からも店長に少し歩み寄れたら、もっとたくさんのことを教えてもらえたんじゃないかと映画を見た後に思った。

 店長が自分の店舗にやってきてから半年ほどして、お店そして会社を辞めることが告げられた。直接は聞かなかったけれど、4月から自分のお店を出すらしかった。このお店に来る前から辞めることはきっと決まっていたのだろう。自分の仕事ぶりがよっぽど気になっただけかもしれないけれど、最後まできちんと指導しようとしてくれていた。
 店長がお店を辞めた直後、世間は瞬く間にコロナ禍に突入していった。先輩に店長の店はどうなったのか聞くと、開店が延期になったとのことだった。その後しばらくして自分もそのお店を辞めてしまったので、店長のお店がどうなったかは分からない。全く持って無責任だけど、あの人なら大丈夫だという気がした。

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