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恋愛下手な高学歴女子は 恋愛偏差値が35だった

割引あり

「また失敗した……」

駅前のカフェでうなだれる私は、大学の同期、梨香(りか)に愚痴をこぼしていた。先週、思い切って誘った男性との食事会が予想以上にぎこちなく終わり、二度目の誘いは来なかった。いや、むしろ次の日から既読スルーだった。

「美鈴(みすず)、そもそもね、その完璧主義がいけないんだよ!」
梨香はアイスカフェラテをストローでくるくる回しながら、的確な指摘をしてくる。

「……私、そんなに完璧主義?」
「うん、完璧というか、相手に厳しいよね。チェックリストでも作ってるんでしょ?」

図星だった。私は鞄の中から「理想の恋人条件リスト」と題した小さなノートを取り出し、そっと見せた。梨香は目を丸くして吹き出した。

「ちょっと待って!『年収800万以上』はまだしも、『週に1回は哲学的な話題を提供できること』って何それ!」
「……だって、知的じゃないと私、会話が続かないし……」

梨香は大げさに頭を抱えた。「いい? 男性はね、美鈴みたいな高学歴女子にビビってるわけ。いきなりそんな高いハードル出されたら、そりゃ逃げるよ!」

私、藤崎美鈴、28歳。東大卒、都内の有名コンサルティング会社勤務。仕事では順調そのもの。でも、恋愛となるとさっぱりうまくいかない。

梨香の助言を受け、私は「完璧なデートプラン」を見直すことにした。問題は、プランを「緩める」という発想が、私の頭にはなかったことだ。数日かけて組み立てたデートシミュレーションは、相手の趣味、好み、過去の発言をすべて分析した「完全攻略型プラン」。ただ、これが逆効果だと気付くのにそう時間はかからなかった。

待ち合わせ場所で緊張気味の相手に、私はマニュアル通りの質問を繰り出した。
「○○さん、前に歴史が好きだっておっしゃってましたよね。最近はどんな本を?」
「えっと……いや、そんなに詳しくなくて、たまたまドラマを見ただけで……」

なんだか空気が微妙だ。私の計算された質問は、相手には「詰問」にしか聞こえなかったらしい。その後も沈黙が続き、デートは散々な結果に終わった。

梨香から「恋愛偏差値トレーニング」を受けることになった私は、無意識に理屈で物事を考えすぎる自分の癖に気付き始めた。たとえば、相手が冗談を言っても、「それ、論理的に正しくないんだけど」と突っ込んでしまう癖。これをどうにかするため、梨香は特訓を提案してきた。

「まず、美鈴、デートで笑顔を練習して!」
「えっ、笑顔? それぐらい普通にできるでしょ?」
「いやいや、美鈴の笑顔、営業スマイル感が強いの! 自然なリラックスした笑顔が必要なの!」

こうして始まった特訓の数々。梨香が演じる「適当な男子」との模擬デートは、私にとってなかなか苦行だったが、その中で私は徐々に「肩の力を抜く」感覚を学んでいく。

梨香との特訓で少しずつ肩の力を抜けるようになった私だったけど、正直まだ実践で使える自信はなかった。そんなある日、会社の帰り道で運命の出会いが訪れた。

それは、仕事帰りに立ち寄った本屋でのこと。私はお気に入りのコーナー、哲学書の棚に足を運び、何気なく一冊を手に取った。すると、隣から同じ本に伸びる手が……!

「あっ……すみません!」
「いや、こちらこそ……あれ、この本、興味あるんですか?」

声をかけてきたのは、スーツ姿の男性。背が高くて優しそうな雰囲気。少し驚きつつも、私はつい真面目に答えてしまった。

「ええ、前から読みたいと思っていて。これは倫理学の視点が面白いんですよね。」
「ですよね! 僕もそのテーマに興味があって……」

思いがけず盛り上がる会話。彼の名前は村瀬翔(むらせ しょう)。近くのIT企業で働いているらしい。なんとなく会話が弾んで、気づけば一緒に駅まで歩いていた。

村瀬さんとの会話は思いのほか楽しかった。しかも彼、なんと「哲学カフェ」に通っているらしい。そんな場所があることすら知らなかった私は、すっかり興味を引かれてしまった。

「もしよければ、今度一緒に行きませんか?」
村瀬さんの提案に、私は少し迷ったけど、結局頷いた。次の週末、哲学カフェでの待ち合わせが決まった。

当日、私は少し緊張しながらカフェのドアを開けた。中に入ると、村瀬さんはもう来ていて、私に気付くと笑顔で手を振った。

「お待たせしました!」
「いえ、僕も今来たところです。」

哲学カフェでは、テーマに沿って自由に意見を交換するというスタイルだった。その日のテーマは「幸福とは何か」。私たちは思い思いに考えを語り合ったが、村瀬さんの話し方は穏やかで、私の意見にも真剣に耳を傾けてくれた。

「美鈴さんの視点、すごく面白いですね。」
そんな風に言われたのは初めてだった。今までは「考えすぎ」だの「難しすぎてわからない」と言われることが多かったから。

帰り道、私は村瀬さんと歩きながら、ふと自分の中にある「完璧主義」が少し揺らいでいるのを感じた。リストの条件には合致しているけど、それ以上に大事なことがあるんじゃないかと。

「美鈴さん、楽しかったですね。また来ましょう。」
村瀬さんの笑顔に、私は少し胸が高鳴った。でも、恋愛に憶病な私はすぐに「こんなにうまくいくはずがない」と警戒心が芽生える。

翌日、梨香に報告すると、彼女は呆れた顔をして言った。
「美鈴、それでまた考えすぎて自滅しないでよ? リラックスして、ただ楽しむだけでいいの。」

楽しむだけ。それが私には一番難しい。でも、この出会いが何かを変えるかもしれない――そんな予感がしていた。

村瀬さんとの哲学カフェデートから数日後、私はまたもや迷宮に迷い込んでいた。彼の誠実そうな笑顔や穏やかな話し方は好印象だったけれど、それが逆に「裏があるんじゃないか」と警戒してしまうのだ。

「梨香、私……もしかしてこの人、完璧すぎるかも。」
ランチタイムに梨香に相談すると、彼女はハンバーグを切り分けながら呆れたようにため息をついた。

「美鈴、それさ、いい人に出会ったら出会ったで疑うのはやめなって! そもそもさ、どうしてそんなに“落とし穴”を探したがるの?」
「だって、こんなうまくいくわけないと思わない? 絶対どこかで失敗する気がするの……」
「はあ……それが美鈴の恋愛下手なところだって気付いてる?」

梨香の言葉は鋭かった。私は一人で勝手に期待して、勝手に警戒して、そして勝手に落ち込む。もしかすると今までの恋愛が失敗続きだったのも、この「負のスパイラル」に原因があったのかもしれない。

そんな私の迷いをよそに、村瀬さんから次の誘いが来た。今回は哲学カフェではなく、少し砕けた感じのデート。夜景が綺麗な公園に行きたいと言われたとき、私は内心「夜景なんてベタすぎる」と思ったけれど、彼の提案を断る理由もなかった。

待ち合わせ場所に到着すると、村瀬さんはすでに来ていた。薄手のジャケットに身を包み、相変わらず落ち着いた雰囲気だ。私の姿を見つけると、にこっと笑った。

「美鈴さん、ここの夜景、すごくいいんですよ。行きましょう。」

夜景スポットに着くと、眼下には無数の光が広がっていた。息をのむような美しさだった。そんな中、村瀬さんがぽつりと話し始めた。

「僕も、実は昔は恋愛に自信がなくて……」
「えっ?」
「人付き合いが苦手で、いつも自分に自信がなかったんです。でも、あるとき気付いたんですよね。相手に完璧を求めるより、まず自分が不完全であることを受け入れるのが大事なんだって。」

彼の言葉に、私はドキッとした。自分がずっと「完璧」を目指してきたのは、相手に求めるだけでなく、自分がそうありたいと思っていたからだ。でも、それが逆に自分を縛りつけていたのかもしれない。

その日の帰り道、私はふと思った。村瀬さんの言葉に影響されたのかもしれない。「不完全でもいい」という考え方は、これまでの私にはなかったものだった。

次の日、私は梨香にそのことを話した。すると、彼女はニヤリと笑った。
「いいじゃん、それで。美鈴が少しでも楽になれるならさ。」

これからどうなるのかはわからない。村瀬さんとの関係も、私自身の成長も。ただ、少しだけ希望が持てた気がした。

私はとうとう勇気を振り絞り、ある決断をした。そう、これまで私を支配してきた「理想の恋人条件リスト」を破ることだ。

リビングのテーブルにリストを広げ、しばらく眺める。そこにはぎっしりと書き込まれた条件が並んでいた。年収、趣味、性格、会話力……無意識にそれらをすべて満たす相手でなければいけないと思い込んでいた。でも、村瀬さんとの出会いで少しだけ理解できた気がする。「条件」よりも大事なのは、心の余裕と素直さなんじゃないかって。

「えいっ!」

思い切りリストを破った瞬間、少しだけ肩の荷が下りた気がした。そして、これからはもっと自然体で人と向き合おうと決めた。恋愛も完璧でなくていい。むしろ、その不完全さが魅力なのかもしれない。

村瀬さんから次のデートのお誘いが来たのは、その翌日のことだった。今度は少しカジュアルに、美術館に行こうという提案。私は内心ドキドキしながらも、「自分を作らずに行こう」と心に決めた。

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美術館の中、村瀬さんは展示を見ながら興味深そうに話していた。絵画のテーマや背景について、私が少し突っ込んだ質問をすると、彼は笑って答えた。

「美鈴さん、本当に好奇心が旺盛なんですね。でも、その真面目さが魅力的だと思いますよ。」

その一言に、私の心は驚くほど温かくなった。今まで「真面目すぎる」と言われてきた私の性格を、初めて褒めてくれる人がいたからだ。

帰り道、村瀬さんが少し照れたように言った。
「美鈴さんと話してると、すごく楽しいです。僕、もう少し美鈴さんのことを知りたいなって思っています。」

その言葉に、私は動揺した。でも、同時に不思議な安心感もあった。相手を信じることは怖いけれど、初めて「この人なら信じてもいいかも」と思える気がしたから。

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