ハスラーになるのを夢見てたときの話
夜の静寂。
蛍光灯の下、煌めく緑の台。
カーボンのキューを握る細い指。
その持ち主はショートヘアの少女――とらねこ。
大学帰りの午後七時。
授業の余韻も、テストの憂鬱も、すべて忘れる時間。
手に馴染む革のグローブ。
目の前には、整然と並ぶ鮮やかなボールたち。
一球目の衝撃。
カキン、と響く独特の音色。
緩やかな弧を描く白い球。
跳ね、滑り、絡むように消える他の球たち。
「ナイスショット」
隣から飛ぶ、無骨な声。
常連の先輩プレイヤー――あだ名は「ジャック」。
無愛想だが、腕前は一流。
無言の競争。
誰が台の支配者かを決める冷戦のような時間。
だが、とらねこは笑う。
目尻に浮かぶ小さな勝利の光。
ボールの軌道を読む快感。
キュー先が白球に触れる瞬間の静かな緊張。
これこそ、彼女の「世界」。
授業が終わればビリヤード場。
休日もビリヤード場。
夜通し練習し、朝日と共に帰る日々。
廃人同然と言われても気にしない。
なぜなら――彼女には夢があった。
「プロになる」
ビリヤードの女王として、この街に名を轟かせる。
けれど、それは口にすることすら憚られるほど遠い目標。
現実は、コーヒー代にも困る薄給のアルバイト生活。
ポケットに入っているのは、小銭と傷ついたメモ帳だけ。
そこに書かれた練習メニューと課題。
「最後にもう一回だけやろう」
何度も言い聞かせる、最後の一回。
その一回が、いつも夜を溶かしていく。
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青春のすべてをビリヤードに捧げる少女。
友達に呆れられても、親に説教されても、彼女はやめない。
それが「とらねこ」の生き方だった。
そしてその日も、勝負の幕は上がる。
新たな対戦相手――赤いキューケースを肩にかけた長髪の男。
意味深な笑みと、絶対的な自信を宿した瞳。
「勝てると思ってる?」
挑発的な一言。
とらねこは黙ってキューを構える。
狙うのは、一撃必殺のブレイクショット。
ギリギリまで集中を高める空気。
台の上で世界が動く。
炸裂する初手の衝撃。
散らばるカラフルなボールたち。
どよめく観衆。
とらねこは笑う。
ブレイクショットが決まる。
緑の台に散らばる球たち。
配置を見つめるとらねこの瞳。
動じない赤いキューケースの男。
「なかなかやるじゃないか」
低く響く声。
だが、その言葉に感情はない。
まるでテストの結果を確認する教師のような冷たさ。
とらねこは微かに笑う。
挑発は、挑戦者への歓迎の合図だと知っている。
赤いケースの男――名はアキラ。
ビリヤード場で知らぬ者はいない、伝説のプレイヤー。
都市伝説じみたエピソードが囁かれるその存在。
初めて出会った日。
とらねこは彼の試合を目の当たりにした。
その正確無比なショット。
鋭い読みと大胆な攻め。
まるで台全体が彼の意思で動いているようだった。
「いつか、あの人と戦いたい」
その夢が、今、現実となっている。
次のショットを狙う。
息を整え、キューを構えるとらねこ。
微かなチョークの匂い。
キュー先が白球に触れる刹那の緊張感。
静寂を裂く音と共に、ボールがポケットに吸い込まれる。
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