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希望が持てない子どもたち

割引あり

薄曇りの空の下、工業地帯に隣接する住宅街はどこか無機質で静かだった。
その街に住む12歳の少年、アキトは、学校が終わるといつも真っ直ぐ家に帰る。周囲の子どもたちのように公園で遊ぶこともなく、誰かと一緒に帰ることもない。

「未来ってなんだろうな。」
窓の外をぼんやりと見つめながら、アキトは小さく呟いた。

彼の家は団地の4階、父親は工場勤務で夜勤が多く、母親はパートで朝早く出ていく。家の中に会話がある日はほとんどなく、テレビの音だけが時折その沈黙を破る。部屋に置かれたカレンダーには仕事のシフトだけが書き込まれ、そこに家族の予定などは存在しなかった。

アキトが学校で学ぶ「夢」や「将来の希望」といった言葉は、この家の中では薄っぺらい響きを持っていた。将来のことを考えようとするたび、頭の中には「なんのために?」という声が響いてくるだけだった。


消えた希望

ある日、学校の授業で「将来なりたいもの」をテーマに作文を書くことになった。アキトは無意識にペンを握りながら、ノートの白紙をじっと見つめていた。周りでは友達が声を弾ませて話している。

「僕、宇宙飛行士になりたい!」
「私は、アイドル!お母さんが応援してくれてるんだ。」

アキトはそんな声を横目で見ながら、何も書けずに授業を終えた。帰り道、同じクラスのユウが話しかけてきた。

「アキト、将来の夢とかないの?」
ユウはサッカークラブに入っていて、プロ選手になるのが夢だといつも語っていた。
「わかんない。考えたことないし。」
「なんか目標とかないと、つまんないじゃん!」

ユウの言葉が、アキトの胸に小さな棘を刺した。それは、彼自身も薄々感じていることだった。「つまんない」。アキトの日々を表す、もっとも正確な言葉だった。

家に帰ると、父親が夜勤明けで寝ていた。母親はまだ帰っていない。リビングには朝食の食器がそのまま置かれており、アキトはそれを片付けると、自分の部屋に戻った。机の上には学校で渡された「将来の夢を描く」プリントが置かれていたが、手を付ける気にはなれなかった。

「大人って、なんであんなに疲れてるんだろう。」

アキトの父は、毎日クタクタに疲れて帰ってきて、テレビを見ながら寝落ちするだけだった。母親も、家事をしながら文句をこぼす姿がほとんどだった。彼にとって「大人」になることは、「自由がなくなり、ただ働くだけの日々」に見えた。

「大人になるくらいなら、今のままでいいや。」
そんな考えが、アキトの心の中に静かに広がっていた。


夜の散歩

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