51「MとRの物語(Aルート)」第三章 13節 暁と夕焼け
ひさしぶりの、MとRによる小説を読むシーン。
夕焼けの描写については、少し深読みしすぎてるでしょうか。
Rちゃんがもし本当に現代にいるなら、Mさんに質問してみて欲しい。
(目次はこちら)
次の日、Rは学校の下駄箱の前で、メガネっ子を見かけて挨拶した。
「おはよう」
「あ、Rさん、おはよう」
彼女の表情に、特に変わりはない。昨日女神に身体を支配されていたことは、たぶん覚えてないんだろうとRは思った。女神はちゃんと、メガネっ子の記憶を消していた。Rは心の中でMに言う。
この子が私のストーカーだなんて、なんだか不思議だね。
それはただの推測だ。何かの理由があってのことかもしれない。
せっかくできた小説友達だ。信じてあげた方がいいよ。
うん、小説友達だね……。
「あ、Rさん、昨日の夕方、男の子と待ち合わせて帰ってなかった?」
「え、うん、なんで知ってるの?」
「昨日の夕方、ちょっと用があって、いつもより帰りが遅くなったんだけど、玄関の所でRさんが男の子と待ち合わせてたようで、それであたし……」
メガネっ子が頬を赤く染めて、うつむいた。
やっぱりこの子ストーカーだよ。
私のことスキなんじゃないかな?
そうとも限らないだろう。男子の方に興味があるのかもしれないし。
あ、そうだね。
「あの男の子ね……、文芸部の男の子なの。私も文芸部」
「え、文芸部? そんな部があるんだ」
教室に到着し、じゃあ、と言ってRは自席についた。分厚い文庫本をカバンから取り出して読みながら、RはMに話しかけた。
文芸部入った方が、うまく小説書けるかな。
まあ、そうは思うが、もうRは3年生だし、
今から入っても、そんなに活動は出来ないかもしれないな。
そう……。残念。
まあ、興味があれば入ってみてもいいんじゃないかな。
いい友達もいるし。
うん……。
時計を見ると、始業まであと10分と少し。Rはその間、読書に集中することにした。
「豊饒の海・第三巻 暁の寺(あかつきのてら)」を手に取り、ページをめくる。第三巻は、タイの首都バンコクからスタートする。バンコクは、南北を蛇のようにのたうちながら大きな川が走る。エスニックな寺院と、近代的ビルディングの立ち並ぶ中を、ゆったりと船でクルーズできる、魅力ある観光名所である。清顕(きよあき)、勲(いさお)との別れを経験し、47歳となった本多が、敏腕弁護士として日本企業とタイの企業のトラブル解決のために、バンコクを訪れる。そのシーンから、Rの目はなかなか進まない。
バンコクの夕焼けの説明が、すごく難しい……。
Rは何度も何度も、ぺらぺらと、ページをめくって読み返した。やがてMがRに声をかけた。
そこに込められているメッセージは結構深いもので、
全4巻を、2回読み返して気づけるかどうかという、微妙な所だ。
今は飛ばしても構わないと思うが……。少し解説しようか?
うん、おねがい。
わかった。「暁の寺」が、夕焼けに染まるシーン。
暁とは夜明けのことだ。それが夕焼けに染まっている。
簡単に言えば、夜明けは再生、そして夕焼けは滅びを暗示している。
それらを一体に描写することで、何かを表現しているんだ。
それは勲の死と再生、バンコクの運命、芸術の意味、
そして、その後のシーンで登場する、月光姫の運命であると言える。
(作者注:上記は私の解釈であり、Mさんの真意とは異な
る恐れが多分にあります)
うう……、色んなものを、同時に表してるんだね。
そう、そしてそれらはすべて、後になって初めてわかる。
だから今は気にせず、読み進めればいい。
それともう一つ、「豊饒の海」というタイトルとも、
深い関わりがある。でもその説明は、お昼休みにだな。
うん。もう予鈴がなるね。
Rは文庫本をカバンにしまい、教科書を出しながら思う。ひとつのシーンを描きながら、2重にも3重にも、4重にも別の意味を込めるなんて……。文学ってすごい。Mさんってすごい……。私にこんなすごい小説、書けるんだろうか。幻の5巻の執筆は、全部Mさんに任せた方がいいかも……、と、Rは少し、不安になりかけていた。