66「MとRの物語(Aルート)」第四章 3節 鮎の奔流・その4
女神やMを超える、怖ろしい能力を身に付けてしまったRちゃん。
そんなRちゃんに、恐怖を覚えるM。
「Mさん、ちょっとMさんの小説の疵(きず)、直していい?」
Mは戦慄した。この小娘は、何を言いだすのだと、正直腹立たしく思ったが、他でもないRに、乱暴な言葉などは吐けない。
「待って! もし本当に時間をさかのぼれるとしたら、その技は危険すぎる。ひとつ実験をしてみようか……」
「実験?」
「うん……。ここにノートPCがある。電源を入れよう。さっきの技を使って時間をさかのぼって、ここにRが小説を書く、という卵を置いてくる。結果どうなるか、というのはどうだろう?」
「うん……。私が書いて来なくてもいいんだね、卵を置くだけだね」
「ああ……、もしそれで本当に小説が書けるから、とんでもないことだな」
「うん、じゃあやってみるね」
Mは返事をしなかった。あまり気乗りしなかったのだ。だが、Mとしてもその能力の限界は知っておきたい。この実験はやっておくべきだ、とは思っていた。MはノートPCのテキスト入力ソフトを起動し、キーボードをRの方に向けた。
Rは目を閉じ、両手を少し上げてカニのポーズを取り、意識をその先端に集中させた。再びRの周囲に泡が立ち始める。Mは驚愕しつつ、それを見守った。1分、2分、3分……、やがてRが目を開けて言った。
「駄目だよMさん! 夢の中じゃないと出来ないかも!!」
泣きそうになるRに、Mはほっとした表情で言う。
「いや……、能力とはそういうものだ。必ずリスクがともなう。夢で遭遇しないと操作できない、ということは、無意識下で思考する阿頼耶識が関与している何よりの証拠だな。注意すべきはその能力が暴走して、妙な事態を起こさないように、だな……」
「うん……」
両手をおろしたRは、気持ちを切り替えたのか、泣きそうな顔からいつもの表情になった。
「Mさん、これで4巻読了だよ。すごい?」
「ああ!! お疲れ様! 難解な俺の渾身の傑作を、最後まで読めただけですごいぞ!!」
「えへへ!! ご褒美が楽しみ!」
そうだな……、何かすごいご褒美をあげたい所だが……、こんなに速く読了するとは思っていなかった。それに、R、お前が俺の妹を救ってくれてたんだよな。それも含めてお礼がしたい所だが、いかんせん、俺には何もない。Rの母親に頼むにしても、この前静岡への旅行をお願いしたばかりだし、しばらくは無理は言えない……、さて、どうしようか……。
「そうだ、R! 俺が特製ホットケーキを作ってやろう」
「え!!」
少しがっかりした顔をしたRは、すぐに表情をいつもの顔に戻した。
「ホットケーキ大好きだよ、ありがとうーーー、やったーーー(棒読み」
2時間後……。
エプロンを身に付け、特製のメロン&プリン付きホットケーキ3つを食卓に置いたとき、Rとその母親は、驚きの声をあげた。
「すごい! すごいよMさん!!」
「ほんと、おいしそうだね!」
普段はコーヒーしか飲まないMも、この日はRの読了祝いのパーティーに加わった。Mは自分の小説を読んでくれたことに感謝し、Rはすごい小説を書いたMと、それを自分にすすめてくれた母親に感謝した。母親が最後に挨拶した。
「私もがんばって最後まで読むから、全部読んだらお祝いしてね!」
笑いと拍手の後、3人でおいしくホットケーキを食べた。Rは思った。これがMさんと私達の、一番の思い出になんてなりませんように。これからもMさんと、もっともっと楽しい思い出を、いっぱいいっぱい作れますように。