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40「MとRの物語(Aルート)」第三章 3節 カードバトル

「楽しい小説」とはなんだ。
それがもし、「お手軽に快楽を与えてくれるドラッグ」なのだとすれば、
私はそれを、断固として否定する。

(目次はこちら)

 放課後、Rが約束の場所へ向かうと、例の男子はすでにそこで待っていた。

「お待たせ、早いね」
「うん、それだけが俺の取り柄だからね」

確かに、彼は足は速そうだ。もし危険がせまったら、この男子の足が、武器になるかもしれない、と考えてRはそんな自分の考えを否定した。駄目だ。この人をそこまで巻き込めない。少女の霊は、私とMさんだけで、なんとかしなきゃ。

「で、どうする? 学校のどこかで話す? それとも帰りながら?」

「そうだね、近くの公園で話そうか」

「うん」

二人は別々に、それぞれの自転車で公園に向かい、そこに自転車を停め、ベンチに座って話を始めた。

「俺が転校生だったのって、言ったっけ?」

「あれ? そうだったっけ? 聞いてないかも」

「そうなんだ、俺は去年この学校に、転校してきた。その時この学校について、色々調べたんだけど、色々おかしなことに気づいた。自殺者、失踪者の多さと、心霊写真の噂」

「心霊写真……」Rは身を震わせた。周囲の空気が、少し変わった気がした。

男子の説明によればこうだ。10年ほど前、この学校で、ひどいいじめが行われ、被害者の女の子が自殺したそうだ。その話がネットで伝えられ、多くの者が知ったが、学校はいじめの存在を否定した。絶対に、認めようとはしなかった。それはいじめに関わった、ある有名女優の娘と、その母親の世間体を気にしてのことだったようだが、半年後、その娘が自殺し、ネット上で大論争が巻き起こった。多くの者は、呪いだ祟りだ復讐だ霊障だと、騒ぎ立てた。しかし学校およびマスコミは、口を閉ざし沈黙を守った。結果、被害はさらに広がった。いじめに関わった他の少女達が、次々と自殺、失踪を遂げたのであった。

「そんな話、初めて聞いたよ……」

「うん、関係者のほとんどが、口を閉ざしちゃってるからね。俺がこの話を知ったのは、炎上した当時の掲示板のログと、つい最近息子がこの学校に入学したという、母親の日記みたいな告白。その母親がね、当時のいじめを目撃していたそうだ。その母親の告白がなければ、転校生である俺は、この話には気付いてなかったかもしれない。ただ、転校してきた当時、よく言われたよ。図書館のあの席だけには座るな、理由は聞くなってね」

「そうなんだ……。私はそんな席に、座ってたんだね」

Rは軽い眩暈を覚えた。「いじめ」、という言葉を聞いてから、気分が悪くなっていた。何かを思い出しそうだった。それを察知したMが慌てて、しかし落ち着きを装い、心の中でRに話しかけた。

 R、あまり霊に感情移入しては駄目だ。
 心が相手に同調してしまうと、憑依される恐れがある。
 その女の子は、かわいそうな死を遂げたかもしれない。
 でもだからこそ、この世への執着を断ち切り、
 成仏させてあげないといけないんだ。

 成仏……。そうなんだ、そういうことになるんだね。

いじめによって死を選んだ彼女は、負のエネルギーをまとい、自分をいじめた者達への、復讐を果たした。しかしそれだけでは彼女の気持ちは晴れなかったのだろう。あの席に座るものを、次々と自殺・失踪させた。それは、どのような心理だろう? 何に対する、執着なのだろう?

 図書館……、本……。ねえMさん、もしかして……。

 ああ……。本が大好きだった少女が、本を読めなくなったことへの恨み、か。
 だとしたら、気持ちはわかるが恨まれた方も、たまったものではないな。

 うん……、そうだよね。
 あ、そうだ、ひとつこの子に聞いておかないと。

「あなたがあの席を見張るようになってからは、誰か自殺とか、失踪はしたの?」

「いや。でも俺にはわかった。あの席に座った人は、だんだんおかしくなっていく。あの席に15回座ると危険だ、というのは、最初の自殺を目撃したという、女性の告白で書かれていることなんだけど、確かに一週間を超えた辺りで、何かが起こる。俺はそうなったら、全力で止めるようにしているんだ。何も起こらないのが、そのためかどうかは、わからないんだけどね」

「何かがって、何が?」

「うーん……、色々だけど、昼休みが終わっても教室に戻らず、あの席でPCを使って、小説を読み続けたり、女の子の霊が見えたり、声が聞こえたり、かな……」

「あ、あなたもその霊を見たんだっけ?」

「うん……。俺がその女の子を見たのも、一週間を過ぎた時だったよ。一度だけ見た。それで怖くなって、あの席に座るのをやめた。でも、やめるのもつらかったよ。俺はそのとき、もう霊に心を操られていたのかもしれない。あのまま俺も、死を選んでいても、おかしくなかった」

男子は、両手で肩を抱いて、ぶるっと身体を震わせた。

「あれはね……。もう、ただの女の子の霊じゃないと思う。たぶん化け物だ。多くの人の命を巻き込んで、それを取りこんで、成長しちゃったんだと思う。そういうことが起こるのかどうか、俺にはわからないけどね。でもそう感じた」

 なるほど……、それなら説明がつく。
 この少年の言っていることは、正しいかもしれない。

 説明?

 うん。最初の被害者である少女は、もう目的を果たした。
 そのままなら、負のエネルギーは徐々に弱まり、
 少女は自然と成仏したはずだ。
 それを阻害したのは、彼女によって殺された者達の無念。
 霊が霊に取り付き、憎しみが憎しみを、苦しみが苦しみを生み、
 負のエネルギーが強められることになった……。
 そんな負のエネルギーの塊を、化け物、と感じるのも当然だ。

 怖いね……。

 ああ。俺が大暴れしていた平安の頃にも、何度かそういう、
 負のエネルギーの化け物が生まれた。
 しかしこの裕福な現代の日本で、そんなものが生まれるとはな……。
 まあ、実物を見ないことには、まだ疑わしいか。

そこまで話をした所で、二人は解散することにした。男子は、最後に何度もRに、この件にはもう関わるなと、念を押してきた。Rは、うんそうするよと答えた。

 R、さっきから学校の方に、妙な気を感じる……。
 俺達のことを、誰かが見てるぞ。

 まさか、さっき言ってた化け物?

 ああ、たぶん……。相当危険な存在だ。
 どうする? さっきの少年の、関わるなという助言に俺は賛成だ。

 うん……、私も賛成だけど……。
 でも、もう少し調べてみてもいいかな? ごめんね。

 ……。
 ああ……。

Rよ、お前は優しすぎる。そうMは思ったが、Rには伝えなかった。
Mは、手持ちの武器を確認した。
この世の事象をオブジェクト化した、端的にいえば「カード」。
「吾妻鏡」を筆頭に、数枚のカード(?)を確認したMは、
それらに勇気づけられ、こう考えた。

 大丈夫だ。俺が俺以外に、負けるわけはない。
 守るべきがRとなれば、それはなおさらだ。

Rが校庭に向けて自転車を押すのを眺めながら、Mは思考をめぐらせていた。

<つづく>

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