見出し画像

32「MとRの物語(Aルート)」第二章 9節 2度目のデートの計画

「MとRの物語(Aルート)」第二章 9節 2度目のデートの計画

ぬーん……。
またまた思いもよらぬ展開に……。
なんとかなるだろうか、心配だなあw

(目次はこちら)

「MとRの物語(Aルート)」第二章 9節 2度目のデートの計画

 Rが、「豊穣の海・第二巻」を読み終えた。ふう、とため息をついて、天井を見つめるR。MはRの感想を聞きたくて仕方がなかったが、やはり作者から聞き出そうとするのは無粋だと考え、黙っていた。だが、沈黙の時間が余りに長かったため、たまらずMは、「コーヒーでも入れようか?」と、Rに問いかけた。「うん……」、と短く答えるR。

 お湯を沸かしながら、Mは考える。Rの反応は、1巻を読み終えた時と比べて、手ごたえを感じられない。多くの人が感じているように、やはり2巻「奔馬(ほんば)」には、読者をひきつけるだけの魅力が不足しているのか? Mはそう訝(いぶか)った。結局の所、Mは「Rの忌憚なき意見が聞きたい」とは思いながらも、きつい批評だけは聞きたくはなかった。「そうだ、死して超人的パワーを得たとは言え、しょせん俺は、臆病なひとつの魂でしかないのだ」と、Mは自嘲した。「いや、Rの経験では、俺の文章を理解しきれなかったのだろう」と一瞬思ったが、Mはかぶりをふり、自分のそんな思い上がりを否定した。

 そうだ……。たとえ多くの読者の一人であったとしても、
 Rもまた俺の作品の、一読者なのだ。

Mは音がしないようにそっと、マグカップをRの開いた本のそばに置いた。その手が若干、震えていた。そう、Mには自信がなかったのだ。Rに自分の作品を否定されるのが、怖かったのだ。それはもう、当然のことだ。小説の作者にとって、読者というのはそのすべてが、最愛の恋人のようなものなのだから。

「Mさん?」

「う、うん?」

「正直ね、1巻のすごさと比べて、2巻はよくわからないシーンが多すぎると思う」

「うん……」

「でもね、人生って、全部が全部の時間、意味あるわけじゃないものね。無駄な時間だって、本人が気づかないだけで、いっぱいあると思う。そういう意味で、この主人公、勲(いさお)くんの感じた時間は、すごいリアルだったよ。でも、ちょっと退屈だったかな」

Rはペラペラと、ページをめくり、考えながら喋っている。
MはそんなRの動きを見ているだけで、うれしかった。

「でもね……。何なのこの小説っていう、驚きはすごく感じたよ。
 何が起こるのかと、はらはらして読んでたんだけど、
 最後の最後まで、ほとんど何も起こらなくて、
 えーー? って思ってたら、その後ものすごい急展開。
 
 この切り替わりの早さが、能でいうと……、なんだっけ?」

「序破急(じょはきゅう)?」

「うん、じょはきゅうなんだなって思って、
 最後の数ページで、涙が出そうになりました。
 2巻も、哀しい物語だったね」

「うん……、いや、ありがとう。
 ついでに質問だけど、1巻と2巻の、雰囲気の違いとかは、
 何か感じ取れたかな?」

「うん。1巻はきらきらしてて、綺麗で美しくて、
 悲しくて切なくて、はかなくて、折れそうで、
 そんなハラハラさせる感じだったけど、
 2巻は全然違った。純粋で男らしくて、
 たくましくて、でも潔くて健康的で。
 ちょっと惚れそうになる感じだったよ」

Mの心に、そんなRの言葉、気持ちが染み入る。
「我が意を得たり」、とMは感動に震えた。

「そうだ、俺はそれを書こうとしていた。
 俺の小説を読んだ者の多くが指摘しているが、
 1巻で書こうとしたのは、『たおやめぶり(手弱女振り)』。
 なよやかな、女性的な文体だ。

 対する2巻の文体は、『ますらおぶり(益荒男振り)』。
 有無を言わせぬ、男らしく戦闘的な文体。
 その違いがわってもらえたとしたら、すごくうれしいな」

もちろん、Mが2巻で描きたかったのは、それだけではない。他にも多くの創作意図があり、多くのテーマ、そしてサブテーマが埋め込まれている。だが、その中でも一つでも、何かを感じ取ってもらえれば、それでいいのだ。それだけで、作者冥利に尽きる。

Rが続けて言う。

「あとね、最後のシーン、まぶたの裏にのぼった日輪、というのは、
 おじいちゃんの言ってた、日輪のことなの?」

「おじいちゃん? 桜林(おうりん)先生のことかな?」

「そう」

「うん……」

MとRの脳裏には、桜林先生の言葉が再生された。

   昇天秘説の訓(おし)えについて述べよう。
   凡(およ)そ天に昇るには、
   必ず天(あま)の柱か、天の浮橋によるべきで、
   この二つの道は異ならぬ。
   天の柱、天の浮橋は、
   その身の穢(けが)れた俗衆には見えず、
   ましてそれを伝って昇るなど思いもよらぬ。
   俗衆その身の汚穢(おえ)を祓(はら)いて、
   清々しい心にて古(いにしえ)にのぞめば、
   それらの道は、おのずから眼前に立ち現れ、
   それを伝いて高天原(たかまがはら)にぞ至りける。

   ※新潮文庫・「奔馬(豊穣の海・第二巻)」
          三島由紀夫著 P.112を手直し

勲(いさお)の最後のシーンは、時間的には夜だった。
その勲のまぶたの裏にのぼった日輪、というのは、
現実の太陽ではなく、桜林の言う天に他ならない。
つまりそれは、勲に見えた高天原だったのかもしれない。

いや……、
あるいは大見岳山頂にて、神風連の残党が自刃した際に、
東の空にのぼった朝日が、勲には見えていたのかもしれない。
つまり勲は、神風連にあこがれ、その生き様をなぞった。
その最後の最後に、「神風連 史話」の、
自刃のシーンの描写が、空想の中に再生されただけなのかもしれない。

 それはともかく……。

 Mにとって、Rの反応は、ある程度予想はできていたけれど、
実際それを見て、感じてしまうと、申し訳ない気持ちになってしまう。
特に、普通の女の子とは違う環境で、
心に痛みを抱えながら育ったRには、こういう話はきつすぎるかも。
Mは少しだけ、そういう後悔にかられる、が、
RはそんなMの気持ちを察してか、気丈に振る舞った。

「ちょっとお話は悲しかったけど、これで2巻読了だね!
 Mさん、また一緒にアイス食べにいってくれる?」

「あ、ああ……」

時間は正午12時少し前。
Mは考えをめぐらせる。
アイスを食べると言っても、それはRのお小遣いでだ。
お金を使わないでできる、Rにも楽しめる、
気晴らしになる遊び。しかも夏休みの思い出にもなる遊び。
できれば女の子一人でも、危険じゃない遊び、何かないか……。
いや……、今東京で、お金を使わない遊びなんて無理か……。

「Mさん?」

「うん?」

「あんまり遠慮しないでいいよ?
 色々小説について、教えてもらってるお礼に、
 たまにはMさんのいきたい場所にも……」

「いや……、それは……」

俺の行きたい場所? そんなの、決まってるじゃないか、
そうMは思った。だが、Rにそんなこと言えるわけはない。

「そう、だな……、じゃあ映画でも見にいこうか」

「映画!!」

Rの眼が、きらっと輝いた。

<つづく>

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?