69「MとRの物語(Aルート)」第五章 1節 少年M

私の期待をも、さらに裏切る超展開。
これぞサイコライティングの妙(自画自賛。

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「MとRの物語(Aルート)」第五章 1節 少年M

 公威(きみたけ)、それが少年の名前だった。後に天才作家、Mとして知られるようになる彼であったが、幼少の頃には祖母に育てられ、女言葉を喋る、いわば「あおびょうたん」であった。彼は今日も、祖母の部屋で折り紙を折ったり、おままごとをしたりして遊んでいた。

 寝そべってお絵描きをしていた彼はふと、目をあげて障子を見上げた。その向こうで何かが、ぎらっぎらっと、何度か光ったのだ。

「あら? 何かしら?」

少年は立ち上がり、おそるおそる障子を開けた。狭い庭には、黒く短いスカアトを履いた女性が、ひっくり返っていた。女性は、「痛あい」、と叫んでいる。少年は障子をゆっくりと元のように閉め、5mmほどあいたその隙間から、女性を観察した。彼の心は、ときめいていた。

「あの女性は、一体誰なのかしら。おかしな服。それにさっきの光は、何だったの?」

見ていると、女性はスカアトを両手で叩きながら立ち上がった。驚いたことに、その女の目は狂気をはらんだかのように、ぎらぎらと光っている。その目がゆくりもなく、少年の目を捉えた。少年は、あっっと叫んで障子から手を離し、祖母の部屋から居間に向かって走り出した。居間には父と、母がいるはずだった。だがたどり着いた居間は薄暗く、誰もいなかった。

「おばあちゃま! おばあちゃま!!」

きみたけは、祖母を呼びながら家の中を走った。がらっと開いた板戸の向うに、さっきの女が現れ、きみたけは、ひっと悲鳴をあげた。

「Mさん? Mさんよね? あんまり逃げないでね、急いでるんだから!」

「だ、だれ? Mさんなんて、あたし知らない!」

「え? あたし?」

女はぽかんと、口をあけて少年を見つめた。

「あなた、男の子よね?」

「そ、そうよ、あたしは男よ!」

女の目が見ひらかれる。ちょっと呆れているようだ。カチンときたきみたけは、女を睨んだ。その目に宿る光りを見て、女の顔が少しやわらいだ。

「その眼の光……。やっぱりMさんね! よかった」

「だ、誰なのよあなた」

ぷっとふいた後、女は言った。

「私はR。あなたに会うために、未来から来たの。未来ってわかる?」

少年は、ゆっくりと首を横に振った。

「未来っていうのはね、ずーっとずーっと遠い世界。何日も何十日も、何年も何十年も経って、あなたはもう、大人になっていて、有名な人になって、もっともっと時間が経って、あなたも死んじゃって、そんなずーっとずーっと時間が経った、遠い遠い世界から、私は来ました。初めまして、子供の頃のMさん」

Rは手を少年の前に差し出した。少年は一瞬、怪訝な表情をしたが、両手でRの手をもみしだいた。この子はもしかして、「握手」を知らないのかしら、とRが思ったとき、少年は左手を離し、右手だけでRの手を掴み、力強く握手をした。

「あたし……、い、いや、僕はきみたけ。あなたは、遠い所から僕に会いに来たのかい? ご苦労だったね。まあ、ゆっくりしていくといいよ。お茶でも飲むかい?」

精一杯強がる少年の、不自然なセリフにくすっと笑いながら、Rは少年の頭に手を置いて言った。

「うん、ありがとう。きみたけくんは、おりこうさんだね。お茶はいいから、少しお姉さんとお話させてくれる?」

 どこがお姉さんだ、どう見てもおばさんじゃないか。

そういう少年の心の声が聞こえたが、Rは聞こえないふりをした。こくこく、とうなずく少年を見ながら、Rはひきつった笑顔を浮かべた。さてと、どうしようかな? 私はあなたに、何を話せばいい? ねえ、Mさん。心の中でそう語りかけるR。少年Mは何も答えず、眉間に皺を寄せて小首をかしげ、不信げにRを見つめるばかりだった。

<つづく>

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