68「MとRの物語(Aルート)」第四章 4節 もう一人のR
悩みに悩んだ末の、この選択。これを第四章の最終節としよう!
これはもう「サイコライティングの成果」などとは言えない。
主人公の一人であるRちゃん自身が、暴走している。
いわゆる「キャラの暴走」と、同じ現象なのか、違うものなのか。
私自身にもわからないよどういうことなの?
推敲なしのこの荒々しい文体。読みづらかったらごめんなさい。
「MとRの物語(Aルート)」第四章 4節 もう一人のR
その頃Rは、夢の中で聡子と対峙せんとしていた。その場所は「豊饒の海・第四巻」の最後で、本多が六十がらみの執事に手をひかれ、案内された「御寝殿(おしんでん)」、すなわち、寺に宮家(みやけ)をお迎えするための部屋であったに違いない。そこでRは執事とともに、聡子の登場を待っていた。
床の間には雪舟写しの雲竜の軸がかけられ、
常夏(とこなつ)の花が清楚(せいそ)に活(い)けてある。
白の縮(ちぢみ)の着物に白い帯の一老(いちろう)が、
折敷(おしき)に載せた紅白の御紋葉と、
冷やした茶を運んでくる。
開け放たれた障子から、
緑の湧(わ)き立つような中庭が見える。
楓(かえで)やひばなどを隙(ひま)なく植え、
これを透かして書院の白壁が、
渡り廊下の影を宿しているのが、
中庭の眺めのすべてである。
※新潮文庫・「天人五衰(豊穣の海・第四巻)」
三島由紀夫著 P.333より引用、改行位置調整
ほどなくして、さきほど茶を運んできた一老が再び現れる。これも小説と同じだ。Rは北向きの小庭に面した客間に通された。部屋の奥で、かすかな衣擦れの音がした。
奥に通ずる唐紙が開いた。
思わず膝(ひざ)を引き締めた本多の前に、
白衣(びゃくえ)の御附弟(ごふてい)に手を引かれて、
門跡の老尼(ろうに)が現れた。
白衣に濃紫(こむらさき)の被布(ひふ)を着て、
青やかな頭をしたこの人が、
八十三歳になる筈の聡子(さとこ)であった。
※新潮文庫・「天人五衰(豊穣の海・第四巻)」
三島由紀夫著 P.333より引用、改行位置調整
「聡子さん!」Rは立ち上がろうとした。
「Rさんですね。どうぞお座りください」聡子は静かに言って、自らも用意された座布団に座った。庭に面する閉じられた障子が、銀色に輝いている。それが少し暗い感じなのは雨か雪のせいなのか。少し肌寒い、灯りもないその部屋の中で、凜とした目をRに向ける聡子。その口が開かれる。
「あなたは本当に、Mさんの書いたこの小説を改竄(かいざん)しに来たのですね。それは、何のために? 誰のために?」
「え……」
「もし誰かのためにだとしたら、それは間違っています。Mさんのため、わたくしのため、本多さんのため。そう思っているのだとしたら、むしろ何もせず、何にも触れず、そっとしておいて欲しいのです。それがわたくし達のため」
「あなた達……、Mさんも、そちら側の人なんだね」
「さあ……? そちらもこちらも、わたくしから見れば区別など無いも同然ですけれども。すべては唯識。心のなぜる業(わざ)」
聡子は、ちら、と庭に面する障子を見た。Rはつられてそちらを見た。何ごとが起きるのかと身構えたが、何も起きなかった。障子は相変わらず、鈍い銀色に光っている。Rは聡子に視線を戻した。
「聡子さん……、清顕くんはどうなの? あなたは最後の最後で、清顕くんを冷たく突き放した。そのことで、後悔とかしなかった?」
聡子は再びRを見て、微笑みながら言った。
「ええ、ちっとも。わたくしにとっての清様との別れは、もう終わっていましたから。清様に最後のご挨拶を申し上げて、その後このお寺で剃髪をして。その時点で、わたくしの清様への記憶や思いは、宝石のようにかためられて、私の心の奥底に仕舞われたのです。だからその後、この月修寺に訪れた清様は、清様に似た何か。清様の偽物。清様の抜け殻……。ただ、それでも清様であることに違いはないと思いますから、あの方の死を、残念には思っておりますよ」
「残念……、それだけ?」
「ええ。それがわたくしの役目ですから。この寺は、すべての行き着く海。そしてわたくしは、その海を静かに見下ろす、月なのです。それがMさんの決めたことですから。Rさん、あなたは過去にさかのぼり、物語を書き換える特殊な技を持っているようですけれど、わたくし達の、この物語を書き直すには及びませんよ。むしろそんなことをしたら、今ある世界が大きく変わり、あなたも、Mさんも、そしてこのわたくしも、今ここには存在できないかもしれないのです。そんなことよりも……」
聡子はそこで言葉を止め、試すような目でRをじっと見つめた。口元には、残酷な冷笑が浮かんでいた。聡子は口を開いた。
「そんなことよりも、Rさん? あなたはもっと自分のために、その技を使うべきなのでは? 例えばあなたの父親を生き返らせ、あなた自身の、暗くて思い出したくもない人生を、書きかえることを考えるべきでは?」
「え?!」
お父さん……?
「あなたの記憶からすっかり消し去られた、おぞましい過去の出来事。あなた自身の手でそれらを書きかえるのです。今こそ! あなたにはそれが、出来るのですよ?」
Rは違和感を覚えた。唯識を学び、教えるはずの聡子が、このようなことを言うはずはない。この女は誰だ? 女神か? それとも悪魔か何か?
Rは無言で、聡子(らしき女)を、にらみつけた。聡子は意外そうな顔をして、Rに尋ねた。
「お父さんに、興味はないの? 会いたくはないの?」
Rはニヤ、と笑った。Rの顔を、ピシ……、という音とともに、赤い亀裂が走った。Rのストレスからくる破壊的欲求が、地獄門を開こうとしているのだ。聡子(らしき女)は、おびえの表情を浮かべた。Rはそれを見てククク、と笑った。
だめだ……、私にはこの娘を押さえられない。
やっぱりこうするしかなかった……。
「鮎の奔流!」聡子はそう叫び、両手の親指、人差し指、中指を三又の矛のように立て、顔の横で天を指さした。その目は閉じられている。
え……、何を……。
Rは驚いた。「鮎の奔流」、恐らくRが会得した技を、この女は使おうとしているのだ。だとすればこの女の「意識の卵」が、ここに産み落とされ、それに従いRはこの女に操作されてしまうのだろう。いや……、そうでない可能性もなくはない。しかしもし、そのRの直観が正しかったのだとしたら……。
嫌だ……。お父さんには会いたい。でも嫌だ。
お父さんがもし生きていたら、お母さんは、
今とは違う人になってしまうかもしれない。
私もそのことに気づかず、今のお母さんの記憶を失って、
まだ見たこともないお父さんや、お母さんと一緒に、
楽しく暮らすのかもしれない……、そんなのは絶対に、嫌だ!!
「鮎の奔流!!」Rもそう叫び、両手を上げた。その手はもうカニのハサミのようではなく、頭の横に突き出された、2本の三又の矛だった。その2つの矛の間に青い稲妻が走る。そう、現実を変えたいという思いが生むエネルギーは、その思いの強さに従い増幅され巨大化される。Rの思いは、聡子(らしき女)の思いを、大きく上回っていた。聡子の技が発動する前に、Rの技がエネルギーを結集し、その効果を発動した。空間がねじれ、R以外の景色がぐにゃりと歪んでいく……。
「な!! これは!!」
聡子(らしき女)の目が恐怖に見開かれた。Rの赤く光る眼が、その視界に映った。Rは唇の片方に、ひきつるような笑いを浮かべていた。聡子(らしき女)の全身に、鳥肌が立った。
R……?
その時、ベランダで女神と一緒にいたMが振り返った。就寝中のはずのRの精神に、何か異常な気配を感じたからだ。右手をガラスにさしのべ、すり抜ける。暗い部屋に入り、Rの部屋に向かうM。女神が、同様に異様な空気に身を震わせながら、Mの後に従う。
M……、これは……? この気配は……、誰?
わからない……。Rは、どこだ……?
Rの部屋に入ると、暗い部屋でRが布団の上に座っていた。いや、それは「Rらしき者」だった。驚愕するMに代わって、女神が言った。
「あなたは誰? Rちゃんじゃないわよね?」
R(らしき女)は、Mと女神を見つめた後、哀しそうな目で言った。
「私はR……。でもこの世界のRは、過去に戻ってしまった。私は失敗してしまった……」
暗闇で顔を伏せ、その顔を両手で覆う、R(らしき女)。空気が緊張に震え、Mと女神は、世界の変貌を感じ取り、目を大きく見開いた。
「これは……。そんな!!」女神が悲鳴のような声を上げた。
Mは無言で、暗い天井を見つめながら、考えていた。だが答えは出ない。求める答えがあるのかさえ、Mにはわからない。Mの額に、脂汗が浮かんだ。
この世界が崩壊しようとしていた。それを食い止める手段を、3人は持っていなかった。
MとRの物語・Aルート 天人五衰(てんにんごすい)<了>
<つづく>