28「MとRの物語(Aルート)」第二章 5節 Mの弱点(未完成)

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「MとRの物語(Aルート)」第二章 5節 Mの弱点

「何これ、難しい。ぐぬぬう……」Rがうなっている。

MはそんなRを、腕組みをして見つめていたが、やがて助け舟を出した。

「そこはね……。実は俺の最大の弱点が出ている、もっとも読みづらい部分なんだ」
「え? 弱点? 天才のMさんの?」

Rの眼が、きらっと光った。興味津々、といった表情である。
Mは頭をかきながら言う。

「俺は天才なんかじゃない。そう勘違いしていた瞬間も、あったけどね。
 自決をして、死んでみて……。
 阿頼耶識という巨大な記憶に触れて俺は知った。
 俺の持つテクニックなんて、大したことなかったとね。
 その中でも、もっとも勘違いしていたのが、構造美だ。

 多くの者が、俺の文章は、構造美にあふれていてると言った。
 俺もそう思っていた。
 だがそれは同時に、俺の最大の弱点だったのだ。
 簡単にいおうか。まずその神風連 史話、の出だしだ。」

「これね」と、Rが指差した。

  明治六年の夏の一日、熊本城南二里余、
  新開(しんかい)村の大神宮に、
  四人の壮士が集まって、祠官(しかん)の養祠子
  太田黒伴雄(おおたぐろともお)に従って
  神拝をしている。

「そう、それだ。それを見た読者は、まず何を思うか。
 何も思わないだろう。ただただ、字面を追い続ける。
 なぜかというと、俺が何のためにそのテキストを、
 ここに挿入してあるかわからないし、
 新風連 史話、という、歴史物であるはずの文書が、
 なぜこのような、淡々としたどうでもいい描写から始まるのか、
 おそらく読者には、理解できないであろうからだ」

「うーん……、どういうことなの?」Rが首をひねる。

「要するにね、俺は読者がこの文章を読んでどう思うかを、
 全く考えずに書いてしまっていた。
 ただただ、このような文章が、然るべきであろうという、
 俺なりの考えを信じ込んでしまった上で、ね。
 それが純文学の役割だと、俺は思っていた。
  
 だがね……。
 後から思えばそれは、ただの俺の思い込みであったのかもしれないんだ」

「ふうん……、小説家が、読者の気持ちを考えずに書くなんて、
 ありえるの?」

「うん、普通はあり得ないね。だからそこは、俺の勘違いだった。
 テキスト中テキスト、つまり、
 俺が書いた小説の中に挿入されている文章は、
 俺が書いたものとは言えない、ならばそこに、
 俺が書いた地の文にはありえない稚拙さが鼻をついているべきだという、
 そんな俺の、不遜さが込められていたということを、俺は否定できない」

「Mさん、全然わからないよ! もっとわかりやすく!」

「ああ、すまん……。こういうのも、俺の悪い癖だな。
 もう一度、わかりやすく言おう。
 神風連 史話を、俺はわざと、読みづらく書いている。
 俺の書いた地の文が、より美しく引き立つようにね」

「ああ、そういうこと! Mさんそれってひどいよ、びっくりだよ」

「うん、もう一つ言うと、俺は難しい文章ほど、
 純文学にはふさわしいと勘違いしていた。
 本当は、全くの逆。真の天才ならば、
 誰にでもわかりやすく書けるはずだったんだ」

MはPCを引き寄せ、カチャカチャとキーボードを叩き、
検索結果をRに見せた。
表示されていたのは、天才物理学者、
アルバート・アインシュタインの文章だった。

「アインシュタイン! すごい人だね。でもすごく読みやすい」

「うん……。天才性と芸術性は、必ずしも関係するものではないが、
 今の俺ならわかる。難しい文章というのは、どこか失敗してるんだ。
 神風連の話について言うとね、こういうのが正解なんだ」

カチャカチャ、とMさんがPCに入力した文字。

  時は明治6年。季節は夏。
  いわゆる、「明治維新」の、最後の最後の大舞台が始まろうとしていた。
  多くの武士達の、哀しいほどの願いを託された五人の男達が、
  村の大神宮に集い、神の言葉を授かるための、
  儀式をとり行おうとしていた。

「え! そういうことだったの?」

「そうだ。俺はあまりに、リアルさにこだわりすぎ、
 読者の読みやすさを、考慮していなかった。
 しかも、誰がその文章を書いたか、
 だとしたらどう記述されるべきかさえも、考慮していない。
 読みづらいのも、当然だな。だからR、お前の苦悩は正しい」

「うーーん、正しいって言われても、
 結局読めなかったし、全然うれしくないよ」

「そうだよな。じゃあ、特別に……。
 俺がこの神風連 史話を、リライトしよう。今風にね」

Mさんは右手で「集中」のポーズを作り、
めらめらと燃える赤い火を、その右手にまとわりつかせた。
PCの画面に、ものすごいスピードで文字が表示されて行った。
Rは立ち上がって、Mの背後に回り、PCの文字を読み始めた。
Mの眼も、Rの眼も、ともにきらきらと輝いていた。

<つづく>

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