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59「MとRの物語(Aルート)」第四章 2節 竜の秘密(2)

暴かれていく真実。でもそれは、MとRにとっての通過点に過ぎない。
がんばれM、がんばれRちゃん。

(目次はこちら)

闇の中、落下する感覚だけが全身を包む。

女神は落下していた。太古の竜の住む、日本の地底深くに向かって。

途中、もうもうと湯気の煙る、滝のしたたる巨大な空洞などもあったが、日の光のない地底に置いては、それらは何の情動もおこさない。ただ事象として、感覚として、女神の皮膚を刺激するのみだった。物質を伴わない感情を、「唯識(ゆいしき)」と呼ぶならば、感情のともなわない刺激は、なんと呼ぶべきなのだろうと女神は考える。意識と、物体。その間には何もないのだろうか。では刺激とは? 刺激は意識と物体の間の、かけ橋とは言えないのだろうか。いや、そもそも、神であるはずの自分が、なぜこのように些末な考えに煩わされる必要があるのだ? と、自問した自分に神は即答する。

 答えはわかっている。神とは神たるべくして神となったわけではないのだ。
 私が神となったのはたまたま、私であったというだけなのだ。
 そして今、あの黒竜が私から、その神の座を奪おうとしているのだ。

神は不安を覚えながらも動じない。運命を支配するのが神ならば、神を支配しようとする運命に服従するのも神としての役割の一つなのだ。と、あれこれ考えていた女神が飽きはじめた頃、女神の周囲、乾ききった岩の占める空間を、実体を持たない半透明なクラゲのような生物が漂い始めた。女神は戦慄した。その生物に、見覚えがあったからだ。

 これは……。以前Mが私に使った技……。

まるでカードバトルにおけるカードのように、やり取りされることはある、「技」ではあったが、簡単にそれを共有したり、貸与したりできるわけではない。ということは、この「技」を使っている者は、Mとよほど親しい者か、あるいはMを従えるほどの強者のどちらかということになる……。

 半透明の生物の密度が濃くなり、女神は相転移しながらそれを避け、さらに地下を目指した。その行く先にいるのは言うまでもなく、あのMのビジョンに見えた、「太古の竜」だ。しかしそこにたどりつくまでもなく、竜の悪意が女神に向かって強く発せられ、女神は少しずつその身体に、傷を負っていった。「警備役である半透明の生物に触れてもいないのに、なぜ?」、と女神は疑問に思ったが、そのとげとげしい悪意が、竜にとってただの吐息でしかないとわかったときには、妙に納得がいった。

 竜は泣いていた。

 その振り絞られた涙が、悪意となり、水晶のように凝固し、

 四方八方に向け、照射されていた。

 その水晶の一つ一つが、誰かを傷つけていた。

 地球上の、誰かを。

「M……、もしかしてあなたは、Mなの?」 女神は哀しみを込めて、竜に問いかけた。竜は何も答えず、ただただ、悲しみの水晶を放ち続けた。やがて女神は、竜の潜む相を特定し、目視できるまでに迫った。地底で身体を丸める、黒い巨大な竜。それを間近で見た女神は、自分の目を疑った。まるまった竜の中央に、ひとりの少女の姿があったのだ。まるでその少女を護るかのように、竜は優しく少女を包み、周囲には、何者をも寄せ付けぬ、鋭い針のようなオーラを突きたてていた。

 だが、女神が驚かされたのは、それらではなかった。女神が驚いたのは、竜に護られた少女の顔を見た時だった。

 その少女は、Rと同じ顔をしていた。
 今はMとその身体を共有し、かつては女神のペットであった、R。

「R!!」

女神がRに声をかけたとき、巨大な竜の顔が、女神に向けられた。女神は己の不注意を後悔しつつ、「あの世」への退却を選ぶ。急激なあの世への相転移は、女神の魂さえも、傷つけ痛めつけ、さいなむ。失神しそうなほどの苦痛に耐えながら、女神はさきほど見た竜の目、怒りに満ちた、攻撃的な赤い目を思い出す。

 ああ、そういうことか……。

深い呼吸で、精神をさいなむ痛みを和らげながら、女神はふふ、っと笑った。

「M……。私の見たビジョンはここまでよ」女神がMからその額を離した。

「ぐはああああああ!!」

ぜえ、ぜえ、と深い息をして、正気を取り戻そうとするM。
いつの間にはMは、ベランダの床に横たわっていた。

 どういうことだ、教えてくれ!!

喋ること叶わず、女神に意識で訴えるM。女神は無表情にMを見おろし、答えた。

 どうもこうも、あなたがあの太古の竜なのよ、M。

Mの心の遠い遠い片すみで、忘れかけていた痛みが、白い光のようにちくちくとMを刺激していた。Mはその痛みに、忘れかけていた何かを思い出しかけていた。

<つづく>

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