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BL風にパッケージされた社会派人間ドラマ  映画「his」 感想

 『恋愛映画の名手、今泉力哉監督が宮沢氷魚君主演でBL映画を撮ったよ!at岐阜県山あいの町』

と聞けば「へー、『ブロークバックマウンテン』って感じかな?」と思って観たらあらびっくり!いい意味で期待を裏切られます。
そして傑作。

なんとこれ、後半は法廷劇になるんです。(ゲイカップルと嫁の親権争い)
「BL風にパッケージされた社会派人間ドラマ」というのが映画「his」の正体なのです。
 ということで、恋愛映画にもBL映画にも興味のない層にも幅広い層に興味深く観られる内容になっております。これが本当に意外でした。



 シナリオのアウトラインやエピソードは、かなり映画「クレーマークレーマー」から頂いている感じで、これが「his」の舞台や設定、各キャラクターにおきるエピソードとして大変うまく置き換えられており、所謂、換骨奪胎に成功されております。
シナリオ上の置き換え作業というのは、技術やバランス力が必要な難しい作業。「his」は「フラガール」(from『リトルダンサー』)「カメ止め」(from『三谷幸喜 ショーマストゴーオン』)に並ぶ、出色の置き換え脚本だと思います。
(原作脚本は長く構成作家をされてるアサダアツシさん)

 予想外だったのが松本若菜さん演じる渚の元嫁、玲奈の描き方です。
キャリア系フリーの通訳設定なのですが、フリーランス女子やシンママが抱える働く痛み、家事育児との両立の大変さまで丁寧に描いているのです。
まさかBL映画を見ていたら、フェミの問題まで考えさせられるとは!
御丁寧にも玲奈の母親が登場しますが、これが教育的で厳しく棘のある言葉をいけしゃあしゃあと吐くやや毒寄りの母で、故に玲奈が優等生として甘え下手に生きてきて自他に厳しくなってしまう哀しさが伝ってきます。
まるで元TBSアナの小島慶子さんのようです。

そんな母の元で育ち、頑張って勉強して通訳になって愛する人と出会い可愛い娘が生まれ、旦那は仕事に理解があって家事育児を引き受けてくれ、
苦しかった人生にやっと幸せな生活が…と思ったら旦那が実はゲイで他に
愛する人がいて離婚を迫られ子供も渡さない、と言われた日には…。
そりゃ般若になるって!
しかしこの玲奈サイドの痛みを丁寧に描くことによって、終盤の裁判の落とし所に納得感と一つのカタルシス、また渚のキャラの本質が分かるような 構造になっており、そういった逆算も考えられた秀逸な脚本だと思います。

さて、脚本がいいといい役者が集まるのが、hisはキャスティングが大変秀逸です。
 主演の二人は勿論、町役場の移住担当に松本穂香ちゃん、ゲイに理解の ある緒方さんに鈴木慶一さん(これはうまいキャスティングです)子役の娘ちゃんに萌え系ではなく、おしゃまなじゃりン子チエ風な顔立ちの子、等々、小さな役まで配慮が行き渡ったキャスティングです。
ちなみに犬もこの犬しかない。

 キャスティングとは演出であり「キャスティングがうまく決まったら既に映画は7割完成している」とは、伊丹万作監督と市川崑監督の言葉ですが(どっちがどっちのセリフかは失念)映画とはビジネスなので裏で様々な事情や政治があって役者が決まるのですが、「his」はそれを感じさせない適材適所ぶりです

 まず宮沢氷魚君(初主演)が凄いです。
佇んでるだけで叙情を感じさせる圧巻の佇まい力。
大根抜いてる姿でも叙情的。彼が歩いていると岐阜県白川町が      ワイオミング州に見えてきて、茂みからバッファローの大群が出てきそう です。
多分、氷魚君にはガスヴァンサントからいつかアプローチがあるでしょう。
育ちの良さやクォーターという遺伝子もありましょうが、彼には持って生まれた
徳の高さ、高僧オーラを感じます。
 もし「ビルマの竪琴」のリメイク話が上がったら水島候補に上がりそうです。チベットの要人が訪ねてきて「君が次のダライ・ラマ候補だ」と言っても「へえ!」と納得してしまう程の高僧オーラ。
 そんな宮沢氷魚演じる迅が自らの性自認をカミングアウトできず都会に疲れ、岐阜県の田舎に移住した設定なのですが、この宮沢氷魚の高僧オーラ故に苦悩を抱える彼の姿が段々バテレンのように見えてきます。

 hisの脚本は秀逸ですが途中、二点モヤつくところが出てきます。
一点は「もし渚の子供が息子だったらこのプロットは成立しない」という所です。橋口亮輔監督の「恋人たち」にゲイの男性が妻子(息子)持ち友人から距離を置かれるというエピソードがあります。
それは彼の妻がゲイの男性が自分の息子にいたずらをしたのではと勘ぐったからなのですが多分、玲奈を含む母親達は子供を守る為にそういう疑惑の目を迅や渚にむけるかもしれません(残念ながら実際にキッズライン事件などあります)

 もう一点は「田舎の人はこんな簡単に二人を受け入れるか」という所です
役所は移住促進と謳っていえど、地元の人々にとっては移住者とはいいとこどりに見えるもの(旅行者には優しいです)また今回のコロナ禍で他県ナンバーの車に石を投げたり住居に「でてけ」張り紙を貼ったりという報道を見ると(まあやむなしの状況下ですが)他所者に厳しいのは今も変わらないと思わされたり。

 そんな二つのモヤつきを突破するのが後半、ある葬儀での迅の語りのシーンです。これが決死且つ切実、彼の人生と命をかけた語りで、聞いている(映画を見てる)自分がモヤついた考えを持つ薄汚れた人間で恥ずかしい!思わせる愚直な迫力があります。                    (またこれを受ける藤原季節の芝居にもしびれます)

 この迅の語りに圧倒されて気付くのが「この映画は『祈り』の物語なのだ」という事です。「いろんな人がいて、いろんな立場にあって、いろんな考え方があるけどそれぞれお互いに尊重しあって多面性を認めて生きていけますように」という祈りの物語です。
 よって、あの奇跡のラストシーンなのです。

  宮沢氷魚君より技術を持つ役者は沢山おりましょう。
しかし果たして彼以外の役者があのシーンを演じたらどうであったか。
「祈り」とまで感じなかったのではないか。
 そういう意味で宮沢氷魚の持って生まれた高僧バテレン力によって話を 変換させたと言えましょう。
なんと幸せな脚本でしょうか。

 もし自分が男で役者をやっていたら宮沢氷魚の高僧オーラを前に
「技術じゃ太刀打ち出来ないじゃん!」と絶望して手首を切る所ですが、
対する相手役、藤原季節君。彼がなかなか興味深いです。
この映画で一番得をしたのは(下品な考えで失敬)実は彼だと思います。
彼の魅力は「格好良いのか格好悪いのかよく分からん」という点にあると 思います。
「ちょっとこの老眼爺い!季節君はイケメンよ!」と怒る古参の季節ファンの皆さん落ち着いて下さい。これは褒めているのです。

 失礼ながら藤原季節という役者をこの映画で初めて知りました。
視聴している間ずっと「この人は何なんだろう、どっちなんだろう」と引っかかっておりました。
 そして調べると何という事か、私は「アイネ」と「全員死刑」を見ていたのです。「え、あの彼がこの彼?」という驚き。

 とにかく彼、被写体として安定してないのです。いかつい無骨さを感じたり、イケメン風に見えたり、一瞬、色気を発っしたり、穂香ちゃんに負けないくらい可憐に見えたり、口を閉じるとへの字口で不機嫌そうなのですが、
開けて笑うとエルモのようなパペット顔になったり。
暗い陰の気を発する時もあれば明るい陽の気も発する。
正面から見ると、ちょっとエラの張った輪郭に黒光りする瞳が緒形拳さんにも似ていたり。(正面はちょっと昭和が香る顔立ちです)
なので見ていて「おや?」と戸惑うのですが、ある意味目が離せません。
 またどこか飄々とした空気を纏っています。
で、彼が演じる渚という男。
自分の問題を自分で解決できず「どうしていいか分からない(それ即ちどうにかして欲しいと同意)」などとほざく甘えたどうしようもない奴なのですが、彼が演じると不思議と憎めない感じ。

 藤原季節さんの過去作(映像のみ)をざっとチェックすると、チンピラやアホ学生などが多く、それはそれでハマっているのですが、舞台挨拶やインスタなどで素の彼を拝見すると、この方かなり情緒過多で危うい内面をお持ちです。(隠せずダダ漏れしちゃう感じ)この辺りも宮沢氷魚君と対照的。
そんな藤原季節本来が持つ情緒がたまに発露するからか、渚のどうしようもなさにレイヤーがかかり「しょうがねえ奴だなあ、おい」という諦観を抱かせます。
 相手を「しょうがねえなー」って思うことは、即ち「惚れてる」って事です。藤原季節、この男、魅惑のダメンズ力があります。

 終盤、渚が裁判である決断を下した時、どうしようもない奴から、
一面まっ黒のオセロ盤の角に白を置いて一気に白にひっくり返ったかのように印象が反転します。
 渚の正体、それはどうしようもなくダメで弱い奴だけど、どうしようもなく優しい奴だったのです。いやーたちが悪いw
妊娠した玲奈に「産んでほしい」と言ったり、家事育児を請け負ったり。 その場で相手の気持ちを尊重してしまう優しさからくるものなのでしょう。(後先は考えてないw)弱さと優しさは表裏一体。ストレス下に置かれると優しいと思っていた人が実は弱いと露呈したりするもんです。
 敵対関係とはいえ、一度は愛した相手が面前で槍玉に挙げられるのを庇ったり、人生の正念場で自分の一番大切なものを差し出すという男気ある行為は、やはり優しいのです。
 優しさで人を傷つけたり振り回したりする厄介なダメンズ、それが渚の正体なんだと思います。
もしモデル風の分かりやすいイケメン役者が渚を演じたら、ダメンズプレイに見えたり「こんなダメな俺ですが(てへぺろ)」という太宰の如きナルシズムで鼻についたのではないでしょうか。
 季節君の多面的な表情と豊かな情緒が渚を憎めないダメンズに着地させたのだと思います。
さて色々書き並べましたが、藤原季節さんに関してはまだ腹落ちせず色々思うところありますが(そういう意味で低温火傷にさせる魅力をお持ちです)映画「his」から離れるのでそれはまた別の機会に。面白い役者に出会わせてくれてありがとう。ではこれにて。

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