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ノンタンが娘を眠らせる
兄が、私の娘に赤ちゃん版ノンタンを買ってくれた。
9冊セットの、丈夫なボックスに入った立派なものだ。
いつのまにか、娘は9冊のノンタンを読んでから寝るのがルーティンになっていた。
娘はまだひらがなが読めないけれど、何度も読み聞かせしたから、絵を見れば、だいたい思い出して読む。
ページを繰る指使いが乱暴だが、幼児が扱うものと出版社も承知していて、きわめて丈夫な素材で作られているから幸いまだ破れていない。本が破れるのは悲しいことだからね、これは配慮が行き届いている。
ぜんぶ読むのに10分くらいかかる。
私が読んだり、娘が読んだり。時間がかかることで、ゆっくりと現実世界から夢の世界に、娘の意識が向いているように思う。
絵本の世界は、夢の世界に近しいからかもしれない。
私も幼いころ、ノンタンが好きだった。いや大好きだった。
その時は気づかなかったが、ノンタンを大人の目で見ると、子供をわくわくさせる工夫がみられる。
まず、登場人物の顔が、必ずこちらを向いている。これは新鮮な驚きだった。顔が見えるのはとても重要なのだ、みんながどんな気持ちなのか、顔を見るとすぐにわかる。幼い子供でも、よくわかる。
遊び心も豊か。ノンタンのベットの周りに、他のノンタンの絵本が落ちているのが描かれている。それを見つけた子供は(ノンタンも私と同じ本を読んでいるんだ!)とうれしくなってしまう。
くまさん、たぬきさん、ぶたさん、三つ子のうさぎさん、といった登場人物たちも、個性がある。
くまさんはやや真面目、これは父親が医者ということも影響しているのだろう。9冊セットのうちの一冊、『はくしょん』に、くまのお医者さんが出てくるが、これはくまさんそっくりだ。くまさんの父親であることが示唆されている、というほど大げさな推理ではないが、まあたぶんそう。
『はみがきはーみー』というお話で、みんなの歯磨きの様子が描写されている。みんなはたいてい歯磨き粉を出し過ぎていたり、ふざけた格好で歯磨きしているのだが、くまさんだけは直立不動、適量の歯磨き粉のみを使って、ほとんど漏れがない。父親の薫陶よろしきを得ているのだろう、きっとよい青年に成長するはずだ。
ぶたさんはおふざけ役、逆立ちしてはみがきしたり(しかも歯磨き粉はうんちの形になっている!)、遊びに夢中になってノンタンと頭ごっつんこしたりする。
たぬきさんはのんびり屋で、おそらくお腹に自信を持っている。
種族柄やや太めの体型なのだけど、たぬきさんは立派なお腹を使って、暴走するノンタンの自動車を安全にストップさせるファインプレーをみせた。
うさぎさんたちはみな親切で優しい。頭同士をごっつんこしたノンタンとぶたさんに、ばんそうこうを貼ってくれる。
一匹だけ耳が片方、半分折れている子がいる。これは私も子供心に、折れている子がいるな、と思ったのを覚えている。
しかしなんといってもノンタンが魅力的だ。おそらくオスの猫なのだけど、彼の趣味は広範囲、ボール遊びや飛行機、自動車のおもちゃで楽しむ一方で、お絵かきやお人形遊びといった静かな遊びも大好きだ。
おしっこを失敗しても、しっぱいしっぱいと言って、すぐにおまるで排尿することに成功している。気持ちを切り替えるというより、失敗自体を問題にしていないのが、ノンタンの強さなのだと思う。
ぶたさんと頭をぶつけた時もすぐに、
「ぶたさんごめんね」、絆創膏をうさぎさんに貼ってもらった時もすぐに、
「うさぎさんありがとう」という言葉が出ている。なんて良い子なんだろう、好きにならざるを得ない。
みんな、自然に『さん』付けしているのも、とってもいいと思う。他者への敬意が美しい。
9冊の構成を改めてみると、幼児の生活に密接にかかわるテーマで、読者である子供の世界を尊重し、広げてくれる意図が良くわかる。
感情表現(にんにんにこにこ)
食べ物への興味(もぐもぐもぐ)
おしっこ(おしっこしーしー)
いろんな楽しみ方(あそびましょ)
いないいないばぁ(いないいなーい)
それぞれの個性・好み(じどうしゃぶーぶー)
あいさつ(おはよう)
歯磨き(はみがきはーみー)
病気と通院・回復(はっくしょん!)
ノンタンを読むと、私が励まされている。世界、というか生活が美しく思える、思えるというか。そうなんだろう。
ノンタンを読んで娘は眠る。娘にとっての世界は、ノンタンの世界とそう変わらない。かつて私の世界もノンタンと同じだったが、もう違うのだろう。だけど今でもノンタンが好きだ。