市川憂人『揺籠のアディポクル』
市川憂人さんの新作『揺籠のアディポクル』を読了したので、感想をつらつらと書こうと思う。
市川憂人さんの作品はこれまで『ジェリーフィッシュは凍らない』と『ブルーローズは眠らない』を読んできましたが、どちらもとても面白かった。特に『ジェリーフィッシュは凍らない』は、世界的名著『そして誰もいなくなった』と『十角館の殺人』を彷彿とさせ、読み終えたときの衝撃は凄まじいものがあった。
こういった事情から新作『揺籠のアディポクル』にはとても期待値が高かった。
ここであらすじを紹介する。
半人形――それがコノハの最初の印象だ。
隻腕義手の痩せた少女が、タケルのただひとりの同居人だった。
医師の柳や看護師の若林とともに、病原体に弱い二人を守るはずだった無菌病棟、通称《クレイドル》。
しかし、ある大嵐の日、《クレイドル》は貯水槽に通路を寸断され、外界から隔絶される。
不安と焦燥を胸に、二人は眠りに就き、
――そして翌日、コノハはメスを胸に突き立てられ、死んでいた。
外気にすら触れられない彼女を、誰が殺した?
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いわゆる犯人探しのクローズドサークルものというイメージは終盤で覆される。
自分の見ている世界というのは本当に正しいのだろうかということを強く揺さぶられることになる。
この場所は一体どこなんだ?
主人公の問いは、そのまま読者の疑問にも繋がる。
そして、この疑問が払拭されたとき、ある種の爽快感を得られるので、読書体験としては大満足である。
最後に物語の舞台設定にも言及しておこう。
主人の少年タケルと隻腕義手の少女コノハが入院しているのは、無菌病棟クレイドルだ。
主人公たちが無菌病院に入院することになった理由は終盤で明かされるが、感染症で世界中が大パニックになっているリアルな世界を考えたときにとても重く響く。
個人の努力ではもはやどうしようもない状況までこの1年で追い込まれてしまった今だからこそ読む価値のある作品だと思う。