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ゆかりさんとバトラー #4動き始めた日常

小さな行動


朝露にぬれた元イングリッシュガーデン。世話をする人がいなくても、こぼれた種から芽を出し、可愛らしい花々がそこかしこに咲いている。

ゆかりは『とうてい植物の世話や手入れはできない』と今まで庭仕事を投げ出していたが、けさ散歩をしながら「花を愛でることはできたはずだ」と思った。

買い物の時、そそくさと庭を横切る時とは違い、朝日を浴びたその世界は美しく
とてもまぶしかった。花の周りを蝶々もふわりと飛んでいる。

いつのまにか ゆかりは過去のことを思い返していた。

夫に離婚を切り出された時、ゆかりは「わかりました」とだけ告げた。
彼女はそれを今更ながら後悔している。
「何の役にも立たなくてごめんなさい。あなたの表情が暗く、沈んでいたのは
わかっていたのに、声もかけられなかった」とほんとうは言いたかったのに。

言葉は足りなくても、たとえ相手に通じなくても、2人で過ごした10年間の
年月があるのだから、ちゃんと自分の言葉で伝えるべきだったのだ。

ゆかりは心配になると、まるで仮面をかぶったように表情がなくなる。それを
見た相手が無関心な反応だと思うのは、当然だ。ゆかりはそのような表情を
してしまうことを「どうせ人にはわかってもらえない」と考え、説明する
ことも今までしてこなかった。

だが、【相手から拒絶された】という思いは、絶えずこの20年間、
ゆかりから離れなかったように思う。ジェームスに会うまでは…

昨日の出会いとやりとりで、ゆかりの中の何かがコトリと音を立てて
動き始めたようだ。

今日は久しぶりに朝から窓を開け、家の中に風を通した。まるで
止まっていた時計が動き出したかのように。

ゆかりは、バトラーを頼むとき、20年前の写真を使ったが、それは
若い時の写真を使いたかったからではなかった。夫と別れてからほぼ20年、
世間との交流もなかったので、写真は前のものしかなかったのだ。

今朝、庭を見て回ったとき、ネギの花に似ている紫色のアリウムを見つけ、
「それを玄関に飾ってみよう」ととっさに思った。

若い頃お花は習っていたが、先生が用意された花材をいけるだけで、身の回りに
ある花を探していけるという事はしたことがなかった。でも、今日はなぜだか
『庭の花をいけて飾ろう』と言う気持ちになった。

2回目の今日は、ジェームスに頼んでキッチンの食器の整理をしてもらった。
ゆかりは日頃、使いやすい食器ばかりを使って、母が好きで買い集めた
凝ったお皿を奥のほうに押し込んでいた。

でも整理していくと、奥の戸棚からアフタヌーンティー用のお皿と
スタンドが出てきた。これはゆかりも母が使ったのを見たことがない。
「いつかは使いたいと思って大切にとっていたのだろう」

ジェームスはそれを見てとても喜び
「来週これを使って本格的なアフタヌーンティーを作りますから」
と微笑んだ。
ゆかりは、有名なレストランのアフタヌーンティーの写真を
見たことがあるが、一度も食べた事はないので心待ちにしている。


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