見出し画像

ゆかりさんとバトラー #12 英会話教室にて

圭くんとの出会い

アカデミー子ども英会話教室は、隣駅の西口を進み、商店街を
抜けて3分ほどのわかりやすい場所にあった。

子どもの英会話スクールは、大手スクールの中に組み込まれて
いるところが多いが、ゆかりが訪れたところは、個人経営の
ようだった。

『あと30分もすると、子どもたちがやってくる時間になる』
ゆかりはどきどきしながら、教室の中に入った。

「こんにちは。今日見学のお約束をしている山岡と
申しますが」
受付にいたゆかりとほぼ同年代と思われる女性に声を
かけると
「山岡さん、お待ちしておりました。ここの場所はすぐ
わかりましたか」と優しく丁寧な対応がかえってきた。

「この方がオーナーかな? 優しい笑顔の、とても感じの
いい方だ」という印象をまず受けた。

「さぁ、どうぞ、今日はみか先生の担当です。講師を始める
にあたっては、まず初めの1ヵ月は研修を受けて、他の教師の
サブに入っていただきます。そこで、活動の進め方や子ども
たちへの対応などを実際に学んでいただくようにしています」

「今日は一応見学になっていますが、みかさんの声かけで一緒に
子ども達とゲームに入っていただくこともあると思います。
その時はどうぞよろしくお願いします」

「はい、わかりました。」そうゆかりは答えた。いきなり活動の
渦に巻き込まれた感じだ。

そのうちに、幼稚園の年長さんから小学校1、2年生と思われる
子どもたちが集まってきて、にわかに部屋に活気がみなぎった。

活動の初めは、動作をつけた歌だった。しばらくチャンツ(リズムに
のった英文の発音)が続いた後、英語ゲームが始まった。

みか先生は、おひさまのように明るくパワフル。子どもたちへの
評価も、的確で、リズミカル。

あ〜あ。やっぱり私には無理だ。逆立ちしたってこんな明るさや
パワーは出てこない。

ゆかりは現実を見せつけられた感じがして、思わずため息を
つきそうになったが、何とかそれを「いけない」と押しとどめた。

「ゆかりさんも中に入ってください」の声に、ゆかりは子どもたちの
輪の中に入ることになった。子どもいないゆかりは、今日のような
6〜8歳の年齢の子と関わったことは、ほとんどなかった。

ゲームはみか先生の発音聞いてカードを取ると言うもの。その中に
積極的に参加できない男の子がいた。よく見ると答えがわかっていない
わけではなさそうだ。たぶん、熱中する他の子の勢いに押されて手を
出せないのだろう。

ゆかりはそれとなくその子の横に行った。そして『何とか自信を持って
もらいたい』と、小声で「はい、今」ときっかけを作った。すると、
その子も流れにとってカードを取るコツがつかめたようで、活動が
終わる頃にはとびきりの笑顔になった。

帰り際、その子がゆかりの横に来て
「先生、この次も絶対来てね」と彼女の手を握った。

そんなことは初めてだったから、ゆかりは少し戸惑ったが、その子の
小さな手のぬくもりから、頼りにされているうれしさをじんわり感じた。

みか先生や子供たちが帰り、がらんと静まり返った活動室を前にして、
オーナーの前川さんとゆかりは話し合いを始めた。

「どうでしたか。山岡さん、子どもの講師を希望しますか?」
ゆかりは
「子どもたち相手のやりがいのあるお仕事だと思いましたが、
私にはみか先生のような明るさやパワーがないので、どうも
向いていないようです」と言葉を濁した。

すると、前川さんは
「人はそれぞれ違うから、他の人と比べなくていいです。山岡さんには
みかさんとはまた違った良さがありますから…。
私も昔は自分を他人と比べ、【自分はつまらない。ちっぽけな存在だ】と
思っていました。でもそんな自分を嫌いな教師に、子どもたちはついて
いくと思いますか?」

「開講して半年が経った頃、教室の子どもたちが次々と辞めていき、
私は本当に精神的に落ち込みました。でもある日気づいたのです」

「こんな欠点も多い私だけど、英語に興味を持った子どもたちの可能性を
のばそうと懸命にやっている。それだけでもすごいと」

そして、他人と持ち味の違う自分を比較すること自体が無意味なことだと。

「あなたに声をかけた圭くんはみか先生と話すことが、なかなかできません。
これからお話しすることは、私の感じていることなので、夢のような話だと思って聞いてもらえるとうれしいのですが…」

「みか先生の明るさは、まるでおひさまのようで、光がまぶしくて目がくらんでしまう子どももいます。たぶん圭くんもそうでしょう。山岡さんの月の光のような柔らかさは、元気パワー全開が苦手なお子さんにとっては、救いとなるのです」

「みか先生は自分の経験がないので、圭くんの気持ちがなかなか分かりません。でも圭くんは、直感的に山岡さんの落ち着きと優しさを感じ取ったのです」

「多様な子どもたちに対応するため、教師にはいろいろなタイプが必要なのです。研修制度もありますので、まず週に2、3回から始めてみませんか?」

そういう前川さんの話を聞いて、ゆかりは他の人と比べて、できないことを数えるのはもうやめようと思った。

子どもがいないゆかりにとって「また来てね」と言った圭くんの言葉は、心に
じーんと染み渡った。人から求められ、頼りにされることは、こんなにも
うれしくて心が満ち足りることなんだ。


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集