エウレカ 私は見つけた 第17話
17 忘れ得ぬできごと
ある日、いつものように客待ちをしていると年を重ねたすてきなカップルがやってきた。2人とも50歳位だろうか。
男性がタクシーの受付に話をすると
「それはロドリゴが適任です」と応じ、こちらに
「おーい、ロドリゴ、奥さんの方を乗せてくれ」と声がかかった。彼女は足を少し引きずり、ゆっくり歩いている。
『ロバの背に乗るのは大丈夫だろうか』とロドリゴは、彼女が安全に乗れるように用心深く気を配った。以前の彼だったら『手間のかかるお客だ。俺はついていない』とマイナスにとらえていたことだろう。
歩く道すがら、不安なのためなのか、少し固い表情の彼女に向かって言葉は通じないとは思いながらも、「あと少しですよ。大丈夫ですか」と声をかけながら、ランドルを引いていく。
不思議なことにロドリゴにはきれぎれに、彼女についてのいろんな映像が見えてきた。
ーベッドに横たわり元気がない彼女ー
ー旦那さんがサントリーニ島の絵はがきを見せているところー
ー何度も歩く練習をしているが、なかなか思うようにいかず、浮かない表情の
彼女ー
そのような映像がなぜだか、浮かんだと思うとさーっと消えていく。
そんな不思議な体験はロドリゴにとって、初めてだった。
とうとう周りの景色が一望できる高台に降り立った時、彼女は「ああー」というため息を混じの声を漏らした。すると口から思わず漏れたその声は、みるみるうちに白い花に変わり、はらはらと、コバルトブルーの海に落ちていく。あまりの美しさと驚きにロドリゴはその光景を信じられず、ほんとうに現実のことなのか、目をこすった。
そのうち海面に次々と落ちていた花びらが途中で渦を巻き、次第に集まり始め、いつしか白い羽根を持つ美しい鳥になった。その鳥はかなたの空を見つめたかと思うと、青い空を目指して飛んでいった。
ロドリゴはあまりの不思議さに呆然として、しばらく何も考えられなかった。
どのくらい時間がたったのだろう。
ロドリゴは、ようやく我に帰り、周りの人びとの反応を見た。すると、他の人には何の変化も見られなかった。そうなると、これは俺にだけ見えたものなんだろうか?
前のロバに乗っていた彼女のパートナーが、こちらに近づいてきた。彼女は景色の美しさに感動しているのか、まだポロポロと大粒の涙を流している。
「もっと元気になりますよ。そしてまたここに来てください」
ロドリゴは彼女に向かってそう話しかけた。すると、男性が「どうもありがとう」と言い、
「僕は、簡単なギリシャ語ならわかります。このサントリーニ島に来ることが、妻の悲願でした。僕はそのため1年間ギリシャ語を学びながら、準備をしてきました」と話し始めた。
「運転手さん、妻に優しい言葉をかけて下さり本当にありがとうございます」ロバに乗る時、「誰のロバが1番揺れが少なく、乗っている人に合わせて気を配ってくれるか」
と尋ねたら、それはロドリゴさん、「あなただ」と教えられました。
「妻がこんな高台までゆっくり来られたのも、全てあなたのおかげです。あなたの優しさを受け取っても、何も差し上げるものがありませんが、昨日買ったこの真珠のネックレスをどうか、受け取ってください」
何とも言えない優しい光をまとった、美しい真珠のネックレス。
ミケーネはこのような高価なアクセサリーとは無縁の生活をしてきたが、たぶんつけたら、きっと似合うだろう。
「感謝のお気持ちは嬉しいのですが、こんな高価なものはいただけません」と彼に伝えたが、それでもネックレスをロドリゴの胸に押し付けて「どうぞ受け取ってください」と言うので、ありがたく受け取ることにした。
何かお礼をと考えたが、何も持っていない。その時、タクレットが自分の描いた似顔絵をほめてくれたことを思い出し、渡そうと用意していたお礼カードに2人のスケッチをして、その裏にブルーの美しい教会を描いた。
〜サントリーニ島にて ロドリゴ・クセナキス
と自分のサインを初めて入れた。
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