ゆかりさんとバトラー #16 しばしの別れ(最終話)
出会いによる変化
瞬く間に半年が過ぎ、今日はジェームスが来る最後の日。
半年前、彼に仕事を依頼したとき、ゆかりは『誰かに大切に接して
もらえば、自分のことを好きになり、幸せになれる』と思い込んで
いたが、後からそれは間違いだと気づいた。
もともと幸せの種は、家の中やゆかりの心の中にもあったのに…。
それに、気づかずにいただけなのだ。
ジェームスが白手袋をはめ、両親の遺品をとても丁寧に扱って
くれたことは、決して忘れはしない。それが高価なものであるか
どうかは関係なく、今は亡き父母にも敬意を払ってくれるのが、
とてもうれしかった。
【ジェームスの人を敬う気持ちとまごころ】が、ゆかりの虚しさを
抱えた心を次第に満たしていき、外に出て行く勇気をくれたのだと思う。
彼によって家がきれいに明るくなったばかりではなく、
ゆかりの心にエネルギーが充填されたのだ。
ゆかりは、バトラーをお願いするのは生涯に一度だけと思って決めた。
けれど今では、もう一度、彼に来てもらいたいと思うように変わった。
ー五年後に、またジェームスに来てもらおうー
そのためにはー
オーナーから進められている英会話教室の仕事を週3回に増やす。
残りの日は裁縫の腕を生かして小物作りをしよう。ネット販売が
できるといいなぁ。若い人で、外での仕事には向かないけれど、
小物作りやデザインのセンスがある人はいるだろう。
美香に相談して知り合いがいたら、紹介してもらおう。
今日のランチは、ジェームスが一番好きな肉じゃがを作る
ことにした。ネットで調べて何回も試作したから、たぶん
美味しくできるだろう。今日は最後だから一緒にランチを
するのを大目に見てもらおう。
ジェームスは、肉じゃがを一口食べて
「ゆかり様、とってもおいしいです」と、にっこり笑った。
やはりアーモンドの目は、好きだ。
「ねぇ、ジェームス、あなたに仕事をお願いするのは最後だと
思っていたけど、五年後また半年間お願いしたいです。予約を
入れていてもいい?それまでにジェームス基金を貯めるから…。」
「リピーター割引は要らないから、お値段は据え置きだと
助かるなんてね。
これは冗談! その時の価格でお願いします」
いつの間にか、ゆかりは笑顔の素敵な女性になっている。
「私の五年後を楽しみにしていて。最近書き始めたミステリー小説、
もしかしたら、向いてるかもしれない。今度、初めて作品を応募
しようかと思っている」
「それはいいですね。私こそ、ゆかり様からたくさん元気を貰い
ました。何でも素直に喜んでくださるのが、うれしくて…
なくしかけていた『自信』が戻ってきたのです。なんとお礼を
申し上げていいのかわかりません」
ジェームスはゆかりの目をまっすぐ見て、そういった。
「はじめはシェアハウスを考えていたけれど、私は、日中みんなが
集うコミュニティーハウスを目指そうと思っている。一人ひとりの
得意なことを提供してもらい、みんなで楽しい時間が過ごせれば
最高だと思う。でも最近は毎日いろんなことを思いつくから、
正直言って、五年後のことは、あまり予想できないかなぁ」
ジェームスは
「私も胸をはって、五年後ゆかり様に会えるようがんばります」
すると、ゆかりは
「私ね、今、ふと思ったんだけど…。五年後、ジェームスはバトラーの
仕事をしているかしら?」
「えっ! それどういう意味ですか。二度目のハートブレイクで
仕事を辞めているとか…」
「違うわよ。あなたは後進育成を担当しているか、または新しい
考えでバトラー協会を設立し、経営陣に入っているか… 。
そんな場合は、あなたのバトラー精神を引き継ぐ人を紹介してね」
『そんなことがあるだろうか』
ジェームズは一瞬そう考えたが、前から『バトラーの専門性を
高めることともっと広くみなさまに利用していただく道』を
模索していきたいと思っていた。
【後進育成、企業戦略と経営】
それらは未知の部分ではあるが、やりがいもありそうだ。
ジェームスは一瞬目を閉じ、ゆかりの五年後を想像してみた。
ゆかり様が小説家としてデビューすることがあれば、お祝いの花を
もって駆けつけよう。
祝賀パーティーでは、お母様の形見である藤紫のお着物にブルー
サファイアの帯留めをつけていらっしゃる。
まぶたの裏に、そのような光景が浮かんできた。
(了)
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