レンガの中の未来(三)
(三)幻想…
翌日の朝四時、けたたましいラッパが鳴り起床時間が訪れた。いつも通りの点呼、朝食、作業場への移動。今はまだ週の半ばだから、昨日と変わらない組での作業だな。作業場に到着、直ぐに作業の準備にかかる。
四人組のうち、既に自分以外の三人は現場で作業をしており、自分もそれに加わる。昨日の初老の男が視界に入った。と同時にその男を二度見した。
ん?昨日のあの初老の男なのか?いや、確かに昨日のあの初老の男に間違いないようだ。それにしてもどうしたのだろう、あの生まれ変わったかのような精悍な顔は。まるで別人だ。
一体彼に何があったのだろう、昨日はあんなに虐げられていたのに。しかも、てきぱきと作業をしている。他の作業者はそれについて何も言わない。
一体どうなっているんだ?作業に支障が出ると思い、休憩時間まで声をかけるのをやめることにした。原則的に、作業中は私語は禁止である。
昼休憩となった。早速ササっと駆け寄り、初老の男に声を掛けてみる。
「一体どうしたのですか?これまでとは別人のようですね。何かあったのですか?」
切株に腰を下ろしていたT二二八である初老の男は、ムクりと顔を上げた。
「いや、特段変わった事はないよ。これからもこの調子で頑張るだけさ。」
語り口調は昨日と一緒だったが、何だか余裕が感じられた。
「びっくりしましたよ、本当に何も昨日とは変わらないのですね?」
「そうだよ。でも、何でそんな事を聞くんだい?」
だって、昨日はあんなに惨めな思いを吐露していたのに、一晩寝ただけでこんなにも変わるなんておかしいじゃないですか!と、初老の男を傷つけないよう、口に出す前に自分の心の中でセリフを準備した。
その時だった。ガシャーンという音と共に、ヒヒーンという馬の叫び声が聞こえた。
「ああ、また事故が起きたね。」
二人で現場まで行くと、作業員と荷物を運ぶ馬車が衝突しており、作業員は数メートル先で気を失っていた。
「この現場は俺が何とかするから、お前は作業場へ戻っていなさい。」
「え?でも、あなたは監視員ではないんですよ…。」
「いいんだ、任せておけ。」
「いや、でも。」
と同時に、シノーはラッパの音で目が覚めた。あれ?ああ、今のは夢だったのか。昨夜はあれだけ寝るのが怖いと思っていたのに、結局は寝ていた。
つまり、意識が途切れていた。でも、夢を見ていたのは確かなようだ。この数時間、自分の意識は何処にいたのだろうか。
また夢の中の内容がこれから始まるのか。何だか一日損した気分だな。そんなことを思案していると、
「おい、点呼が始まるぞ」
という他作業員に言われ、シノーはサッと立ち上がった。
「はい、G六五五、体調問題なし!」
作業場へ向かう途中、シノーは思いに耽った。夢を見ているときの意識とは何なのだろうか。そう言えば、さっきの夢の中には、これまで見たことのない変なキラキラした乗物が出ていた。
あれは、何だったのだろう。これまでの自分の夢を思い返してみた。確かに、あのキラキラした乗り物は過去にも出てきていたような気がする。しかし、何だったかは思い出せない。
夢とは別に不思議な感覚もあった。そう、それは作業中に石に躓いたときだった。悪路にも関わらず足元を気にせずに作業をしていると、シノーは鈍石に足を取られる事がよくあった。
いつもなら、次の瞬間に膝小僧や肘を擦りむく痛みが走るのだが、そうではない時があった。躓いてから痛みが走るまの間、スローモーションのような感覚に陥るのだ。時間にして数秒だろうか。
最初は疲労のせいかと思っていた。この感覚は、態と転んでも起こらない。色々思案するうちに、作業場が見えてきた。来週はやっと三か月に一度の休暇と共に、給与が支払われる。