レンガの中の未来(十一)
(十一)意外
シノーは恐る恐るその乗物の中に入った。中には見たこともないような機械類があり、目をパチパチさせ、その中を見た。
「君はシノー君だな。」
「あ、はいそうですが、あなたはどなたでしょうか?」
「私の名はリキッドである。この時代の近未来から来た者だ。お前が声を掛けなければそのまま未来に帰る所だった。」
「近未来?」
「ああ、そうだ。正確に言うと一万二千年未来だ。更に言うと、私は近未来から来た指南役でもある。我々の時代よりも過去の者に種々ヒントを与え発展に寄与することを目的にしているのだ。これから暫く一緒に過ごすから宜しくな。」
…??。シノーは訳が分からなかった。
一体このリキッドという人は何を言っているのだろう。
いきなり一緒に過ごす、だなんて。
しかもこんな目立つ乗物は一体どうするんだろう。宿舎前に停まっているので只でさえ目立っており、門番達は不審に思っているはずだ。
「お前は今、私がいきなり自分と一緒に過ごすなんて突拍子もない発言に戸惑い、この乗り物に対して宿舎門番が怪しんでいる、と考えていたな。」
…一体この人は何者なのだろう。シノーは気味が悪くなり、早くこの乗物から出たくなった。
「あの、ちょっと待ってください。私はそこにある宿舎で集団生活をしているんです。だからあなたを宿舎に入れる訳にはいきませんよ。」
シノーは、これは尤もらしい発言だと自分ながらに思った。
確かに、こんなキラキラした乗物に乗った人物が宿舎に乗りこんできたら、一発で不審者扱いである。
「その辺も大丈夫である。私はお前の思考、つまり頭の中に入りこんでいる。だから、周りの者に私は見えない。」
「本当ですか??であれば良いですが。」
シノーは半信半疑であった。自分が降りた感覚もないまま、そのキラキラした乗物は何処かに消えていた。
雨はいつの間にか小降りになっていた。シノーは宿舎門までやってきた。門番が二人立っている。
門番は顔を正面を向いたままチラリとシノーを一瞥しただけだった。シノーは、ふぅと息をついた。そして、宿舎内に入った時でであった。
-ほら、大丈夫だったろ?
いきなり、シノーの頭内で言葉が聞こえた。
-うぁ!何ですか、いきなり私の頭の中で声を発せないでくださいよ、びっくりするじゃないですか。
-ああ、すまんすまん。二人のルールはお前の就寝時間に決めることにしよう。
本日は沐浴の日ではなかったが、スコールでずぶ濡れということで特別に許可された。
沐浴中に隣の者に先程の事を言おうかと思ったが、やめておいた。食事中もそうだった。
恐らくリキッドという人が自分の思考を把握している。そして、この今の思考も。
やっと就寝時間になった。シノーは、心の中で今大丈夫ですと呟いた。
-さっきはすまなかった。確かに自分の頭の中でいきなり声掛けられたらびっくりするな。
-はい。結構疲れていますので、手短にお願い致します。
-分かった、ルールは単純だ。私はお前の指南役であり、何か助けが必要な時以外は沈黙している、それだけだ。
-はい、分かりました。でもそもそもの疑問なんですが、どうして私なんかの指南役になってくれるんですか?
-聞きたいか?
-はい。
-それは、小さな一歩を踏み出したからだよ。
-と言いますと?言われている意味が良く分かりません。
-お前はずぶ濡れの中、私に声を掛けた。声を掛けないという選択肢もあったにも関わらずだ。
声を掛けずにそのまま宿舎に入っていたら、この会話はなかったであろう。いいか、お前は意識していないかもしれないが、自然と一歩踏み出しているんだよ。
人生はその積み重ねだ。今、お前は幹部養成予備学校で学べるという絶好のチャンスが転がり込んでいる、という状況にあるのだ。以上、話はここまでだ。
-あの、すいません。
シノーの発言に対するリキッドからの返事はなかった。シノーは何時もの疲労から、意識を失っていた。