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【読書記録】『逃げ上手の若君』1〜3巻

 アニメ好きの友人にオススメされたので、1〜3巻を買って読んでみた。
 歴史好きとしては、南北朝時代は最も関心のある時代の一つである。皇統が分裂し、皇威が衰え始めた混乱期を描く作品というだけで、一読の価値がある。
 本作品の主人公である北条時行について、足利高氏と対立関係にあった為に南朝に帰順した旧権力者・北条氏の後継者というイメージしかなかった。楠木正成や北畠親房・顕家親子、懐良親王、護良親王に比べるとパッとしない印象であった。しかし、本作はそんな時行を魅力的に描いている。印象的であったのは、3巻20話から21話にかけて、瘴奸に追い詰められながらも、恍惚とした表情を浮かべ、戦いに興奮を覚えている場面である。旧時代の権力者の後継者として命を追われる立場にあった彼を、『逃げ上手』という形でキャラ付けしたのは興味深い。松井先生がこれからどう時行を描くのか、すごく興味を持った。
 まだ3巻までしか読了していないが、これから北畠親房・顕家親子が登場するらしいことは、勧めてくれた友人から聞いている。この親子は、私がこの時代で尊敬する偉人である。父の親房が著した『神皇正統記』は、私の国家観・歴史観・宗教観に少なからぬ影響を与えた。また史料に伝わる子の顕家の活躍ぶりは、我が国における”Noblesse Oblige”(ノブレス・オブリージュ、「位高き者は徳高きを要す」)を体現しているように感じる。彼ら親子がどのように描かれるのかも楽しみだ。
 他にも楽しみであるのは、楠木正成と足利高氏の「正義」の違いをどう描くかだ。高氏は政務に積極的ではない帝・後醍醐天皇に反発し、南北朝の分裂を招くが、彼の正義は「徳治主義」におよるものである。つまり、国家君主たる天皇は必ず徳が高い人物でなければならず、徳がない、または徳が低い物が皇位にいてはならないと考えるのである。この考えは一見正しいようにも思えるが、国家権威の安定という観点からは非常に危険な考えである。徳治主義は、孟子の議論に明らかなように、易姓革命を肯定してしまうのである。抑も皇位や皇統、天皇というものは、血統による国家の正統性を担保する存在なのであって、漢土や朝鮮のように徳によるものではないのである。正成は皇統という血統それ自体を保守することを正義としたのである。この対立は、国家統治における「正義」を巡る永遠の命題であろう。本作品は、そこに旧権力者の北条氏という視点からどうアプローチするのであろうか。
 4巻以降も非常に楽しみである。

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