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御相伴衆~Escorts 第一章  第七十一話暗澹たる日々①「欲しがって、追えば逃げるに決まってる」

 それからの日々、三の姫と数馬は、自然の流れで、その接触が、絶たれて行く。

 数馬は解っていた。

 桐藤キリトからも、重重、心配されて、言われていたことだ。
 姫の幸せが一番なのだと。

 三の姫の私室から、荷物を引き取る数馬。すぐに、皇妃との夜伽も要求された。解っている。引き離しにかかっていることぐらい。様づけで呼ばれようと、一介の奴隷に、他ならないのだから・・・。

 その夜、乱れ狂うような激しさの数馬を、悦びと共に、皇妃は受け入れ、その後、なだめて、甘やかした。
 これが、慈朗が墜ちた、第二皇妃のもたらす、底知れぬ許容・・・、足掻あがく彼らを宥める、母のような懐だった。

 チクリと心に刺さる何かに、気づかぬ振りのまま、その甘やかさの中に、数馬は、埋没し、溺れた。

🏹


 数馬は、夢を見ていた。

 懐かしい、東国の島の田舎道、小さい頃の姿の自分がいた。
 道端の花に、小さな綺麗な蝶が止まっている。
 虫とり網を持って、追いかけてきた所だ。

 止まってるな、と思って、網を振りかぶって、中を見る。
 あ、いない。見ると、少し、離れた所の花の周りを、また、飛んでいる。
 逃げられると、ついぞ、捕まえたくなる。

 俺は、虫とり、得意な筈、なんだけどな。
 よし、次の花に止まったぞ。いくぞ。やった。獲った。

 籠に入れようと、羽を持って、網から取り出すと、脚を動かして、もがいている。
 風が吹いてきた。スッと蝶は、手を擦り抜けて、風に乗った。

「待って」

 蝶は、花畑の中に、紛れ込んでいった。

「こっちだよ」
「数馬、こっち」

 綺麗な花畑から、手が伸びている。蝶はどこ?
 手が、数馬の腕を捉える。

「こっちじゃないの?数馬は」

 知ってる、女の人だ。

「おいで」

 抱きかかえようとするが、その手を擦り抜ける。今度は、俺が追われる番なのか?
 でも、あの蝶は、どこに行ったんだろう?

「ねえ、数馬、覚えてる?」

 あ、ランサムの踊り子の彼女だ。会えた。約束してたっけ。なんだったかな?

「私と一緒に来る?」
「蝶々を追ってるから、ダメなんだ」
「そう、残念だわ」
「ごめんね」

「数馬―」
 
 あ、こいつ、知ってる。えっと、慈朗シロウだ。

「蝶々、見なかった?」
「いたかもしれないけど」
「どっち行った?」
「数馬、知らないの?」
「何?」
「あの蝶々、捕まえちゃいけないんだよ」
「さっき、捕まえちゃったよ。でも、逃げちゃった」
「だから、捕まえちゃ、いけないんだ」
「・・・ん?」
「捕まえたら、必ず、逃げて、寂しくなるから、あれは、捕まえちゃいけないって」

🏹🎨

「数馬、ねえ、大丈夫なの?」
「・・・ん、なんで、ダメなんだよ、慈朗?」
「何?なんのこと?」
「あ、え?・・・ああ、夢か・・・久しぶりだな、夢なんか、殆ど、見ないんだけどなあ」

 気づけば、窓から、朝の光が射しこんでいる。

「・・・お疲れ。数馬」
「ん、あぁ?・・・」
「なんかさあ、数馬に、男を見たよ、昨夜は」
「何々?・・・ああ、そうか・・・やめろよ。いくら、フラれたって、俺は、柚葉じゃないんだからな」
「・・・はっきり、言ったね」
「わかるよ。なんとなく。もう、俺の関知する所じゃないことだからさ」
「そうだね、清々しくて、いいよ。・・・僕も緊張の連続だったからさ、昨日は、控えに、回ってたんだよね」

 あ、そうだった。昨夜は、御渡りだったんだっけ。

 つうか、酷い話だと思ってたけど、今思うと、却って、一番、俺のこと、よく解っていたのは、お妃様だったのかもしれないな、と思った。八つ当たりみたいに、ヤケになっていた俺に、したい放題させてくれて、収めたんだ。なんか、今思うと、やっぱし、流石、すごい器なのかもしれないな。

 っていうか、女って、なんなんだ、って思う・・・深すぎる。

 まあ、ダメだったのがさ、あれ。ちょっと、お妃様が上がってきた時の声がさ、・・・あああ、もうダメだ。本当にダメだ。・・・似てたからね。全然、似てないな、と思っていたのにさ、前に、彼女の方で、そう感じたことがあったから。母娘だったんだなって、感じた。

 これはまあ、お妃様も、慈朗も知らないことだからさ。俺が勝手に、それに反応してたから。なんか、よく解らずに、急にキレたのか、と思ったかもしれないけど・・・。原因は、皆の想像通りの意味としては、変わらないけどさ・・・。でも、お妃様は、しっかり、抱き締めてくれて、この感じかあ・・・、慈朗が嵌まった意味が、少し、解った気がした。

「お妃様さあ、数馬に、ご褒美あげたいんだって」
「もう、いいよ、充分だよ。お腹いっぱいだって」
「ご馳走じゃないよ。僕じゃあるまいし」
「馬鹿、そういう意味じゃなくてさ・・・違う方。なんか、やな予感がするんだよね」
「うーん、そうだよね。しばらく、そっちはいいよねえ」
「あ、今の、解ったんだ?」
「うん、そんな感じの会話、柚葉で慣らされたから、推測がつくようになったよ」
「頭、良くなったなあ。良かったじゃんって・・・あああ、そうだ、色々あって、学校、休んでたから、忘れてたけどさ、お前さ、1学年トップとったんだって?」
「うんっ、そうそう、柚葉も驚いてたけど、それより、桐藤が、すごい、褒めてくれたんだ」
「だよなあ、最近の桐藤は、面倒見が良くなってきたよね。柚葉とは違う感じでな」
「よくやったって。スメラギの美術専門学校の推薦、貰えるんじゃないか、って言われてね」
「貰えるよ、このまま行ったら、推薦で、試験なしだよ」
「違うけどね。絵を見せるから、それが試験だって」
「良かったなあ。お前。本当に、嬉しいんだけど」
「数馬って、本当に、優しいな。ありがと」
「お妃様も、褒めてただろう?」
「うん、・・・って、昨日、すごい、部屋に来るなり、褒めてくれてたんだけどな」
「あ、そうだったかも・・・」
「いやあ、・・・あの時、数馬、落ちてたの、解るから、・・・」
「ああ、ごめん、でも、本当に、良かったと思ってるよ」

 二人は互いに、小さく笑い合った。
 その実、慈朗は、数馬より早く起きていた。
 その時、考えていたことを話し出した。

「思うにね、数馬も、元の仕事の関係のこと、したらどうかな、と思って。前に、桐藤も、少し、話してたんだけど、使用人の人達に、芸を見せたりするのも、楽しいんじゃないか、って。ここに来た頃も、数馬も、言ってたじゃん」
「ああ・・・そうだったかも。色々とやることが出てきたからな。学校行ったり、姫とか、夜とか」
「いいんじゃない、そのぐらいの感じ」
「わかった。少し、考えてみようかな」
「意外に、桐藤が協力してくれそうだよ。場所とか、タイミングとか、セッティングは、桐藤に頼むといいかもしれないね」
「うん、いいかもな」

🔑🏹🎨

「お邪魔、していい?」
「ああ、柚葉」
「って、お前ら、眼福なんだけど・・・」

 ノック無しで、ドアから顔を出した柚葉だった。
 あ、昨日、御渡りのままで、俺たちは、ほぼ裸で、シーツに包まってたんだ。
 ニヤニヤと笑いながら、柚葉は、ベッドに近づいてきて、慈朗に話しかける体で話し始めた。

「あのさあ、・・・言いにくいんだけど、小耳に挟んでね。いいなら、いいんだ。俺、独り言、言うから。アカツキは、きっと、知らせに来ないからね」
「・・・何?勿体つけて」
「末の姫様が、高熱出してるんだって・・・さ」
「・・・そんなの、大丈夫じゃない?試練だよ」
「え?・・・慈朗、お前らしくない。なんか」
「姫だって、物事がどうなって、どうなるか、いい加減に解る頃だろうから、自分で、そんなの責任とれば、いいんだよ」
「おい、どうした?慈朗。お前、学年トップとって、桐藤みたいになったのか?」
「違うよ。・・・ねえ、ちょっと、柚葉~・・・会いたかったあ♡♡♡」

 あー、始まりそうだ・・・。
 
 数馬は、ガウンを羽織った。

「はいはい、風呂入ってくるから、勝手にして・・・熱ぐらい出るよ。あんだけ、忙しかったらさ。今、一番、必要なの、御殿医だろうから・・・」

🎨🔑

 数馬が、浴室へ向かった。
 すかさず、慈朗は、柚葉に話し始めた。

「ほらね、大丈夫でしょ?数馬も」
「っつうか、何?・・・まあ、ちょっと、大袈裟なのも、可愛くて、嬉しかったけど」
「全部、聞いたの。三の姫様に」
「ほお、やっぱ、昨日、後部座席は、慈朗で、正解だったんだな」
「すごーーい、大人になったよ。三の姫。でさ、ごめん、話の流れで、柚葉とのこと、バラしちゃった」
「・・・いいよ、別に。これで、堂々と、三の姫の前で、イチャイチャできるね」
「うーん、柚葉が怒らないのは、なんとなく、わかってたから。ありがと」
「他は・・・というか、内容は、聞かなくてもいいかな・・・」
「うん、その方がいいかも」
「つうか、やられたんだろ。アーギュに」
「うーん、レベルはわかんないけど、堪えてたみたいね」
「・・・女だなあ。『姫ね、イチゴ、大きいのがいい』」
「何、今の。三の姫のこと、馬鹿にしてない?」
「いいじゃん、イチゴ大きいの、なんだから、アーギュは」
「そう、簡単じゃないけどね。イチゴの数や大きさとは違うじゃん」
「お、解ってる感じ?」
「っていうか、もう、答え出さないとでしょ。ダメなものはダメだって、姫、解ってるんだよ。そこへ来て、あの王子だもんね。悩むけど、結局ね、そっちに行くしかないじゃん。皆の期待と、自分の役目と、それが、解ってるんだ。それで、王子に好い事されたら、超追い風になっちゃうよね」
「いいなぁ、三の姫、俺なんかさぁ・・・なんてね💦」
「・・・わかるけどさ、柚葉のそれも」
「ディープ筋の情報、姫は男でいうと、お前タイプなんだって」
「なにそれ?まさか、数馬と、そんな話したの?」
「しないねえ、あいつは、そういうこと、絶対、言わないから」
「そうそう、『そういうことは、二人でして、秘密にするんだ』って、言ってた」
「え?どこの情報?」

 柚葉は、少し遠い目になる。

「内緒」
「ふーん・・・?」

「部屋、落ち着いたんだ。あの貴賓室風の感じを残して、ベッド入れてね。マジで、今夜、来てほしいんだけど」
「うん、数馬、今朝、うなされてたんだけどね、吹っ切れたみたいだし、わかった」
「やった、ドア、閉まってるから、少しだけ・・・」
「うーん、ん・・・」
「おめでとう。学年トップ、ご褒美・・・んっ・・・」
「ありがと・・・数馬、上がってくるからさ、明日から、数馬は、学校復活みたいだね」
「姫は、しばらく、体調見るみたいだね。元気になったら、行くのかもしれないけど」
「ああ、それがあったか・・・」
「桐藤が三の姫付き、申し出てくれた。一の姫から、そうしてほしいって、頼まれたって」
「えー、そうなんだ、桐藤、本当に優しくなったな」
「だから、三の姫のお付きは、俺たち三人ってことで」

🏹🎨🔑

「あー、気持ち良かったあ。スッキリした―」
「あ、数馬、お帰りー」
「柚葉、まだ、居たんだ。居て、やってたら、どうしよう、と思ってたけど」
「ああ、いいよ。別に、参加して貰っても、大歓迎なんだけどさ」

 慈朗が、少し、伺うように、数馬に話しかける。

「・・・あのさ、数馬、明日からの学校なんだけどさ」
「ああ、辞める」
「え?」

 柚葉と慈朗は驚いた。数馬が、あまりにあっさりとしていたからだ。

「元々、合わないし、さっき、言ってたじゃん、慈朗。俺、芸の道に戻るから。皆が学校行ってる間、中庭で、芸事の練習をする。もう、1年以上やってないから、取り戻さないと、とも思って。学校辞めるのは、もう、お妃様には、話がついててさ」
「えーっ・・・あの時?」
「そう。そんなら、役から外れるし、行く必要ないと思った」

 それを聴いて、柚葉は頷き、ベッドから立ち上がった。

「・・・どうやら、心配なさそうだな。今夜、待ってる、慈朗」
「うん、じゃあね・・・わあ、見てる、数馬が」
「はい、可愛い、じゃあね」
「うん・・・あーあ、首のとこ、ブラウスでも隠せないよ、これ、もう・・・」
「馬鹿な奴ら・・・」

 柚葉が、部屋から出て行った。
 慈朗は改めて、数馬に聞いた。

「・・・んで、学校のこと、本当に、それでいいの?」
「うん。・・・まあ、お前には、学校が必要だったんだよ。実は、凄い頭が良かったんだからさ。俺は、もっぱら、体育と音楽じゃん。あと、部活。正直、面白くなかったんだよね。なんか、同い年ぐらいの奴らと、一緒にいるの」
「なんとなく、わかる。姫様とかと違う意味で、幼かったり、下らなかったりするよね」
「俺たち、最初から、変に、大人の中で過ごさせられてるから、大人目線で物、見てるから。その辺りは、桐藤も柚葉も同じで、大人の本音とか、色々解るから、学校の先生は、あの二人のことは、怖いらしいね、・・・まあ、そういうことで、お勉強、頑張って」

 納得しつつも、慈朗は、少し寂しそうな顔をする。

「うーん、そうかあ。数馬と行くの、愉しかったのになあ・・・」
「勉強しに行くんだ。その辺は、二の次だと思えよ」
「うん、わかった・・・来年は、あああ、一人になっちゃうよ。桐藤と柚葉、卒業だからな。僕も、今年いっぱいで、辞めようかな・・・」
「まあ、その時、考えればいいんじゃない?専門学校もいいかもしれないけど、そうじゃなくても、独学で、絵もできるだろう?お前の御爺ちゃんも、超独学で、カメラやったんだろう?」
「うん、そうだったね。今、できる勉強はやっといて、したいことがあれば、本を読んだりとかね、勉強のやり方が解ったから、・・・そんな感じにしようかな・・・」
「俺は、自由が一番いいと思う。自由だけど、全責任は、自分自身」
「あ、やっぱ、数馬なら、そう言うと思ったから、こないだ、姫に、僕、言っちゃったんだけど・・・」
「あー、蒸し返すのかよ?」
「違う。はい、おしまーい。今日は、絵でも書こうかな。向こうの物置、アトリエみたいにしてるの、このまま、使ってていいかな?」
「今更、いいよ。好きにしたら」


 慈朗は、服を着ながら、考えていた。

 数馬、強いな。昨日の今日なのに。なんか、良い顔してるから、あの絵を仕上げようと思う。それとね、皆の愉しい感じの、お庭遊びの時の感じのね。それから・・・僕の心に余裕ができたら、もう一枚、描きたいんだけどなあ・・・。

 三の姫、頑張って。声かけは、今はできないけど、僕、姫の為の絵を描くからね。

                     ~暗澹たる日々②につづく~


みとぎやのメンバーシップ特典 第七十一話 暗澹たる日々①
「欲しがって、追えば逃げるに決まってる」 御相伴衆~Escorts 第一章

 
個人的に、やはり、御相伴衆のメンバーの距離感が好きだなぁ、と思う回です。桐藤は出てないんですけど、一応、良い評価的に、話題にも出ていますしね🍀

 数馬のピンチなんですよね。でも、数馬は、きちんと立ち直ろうとしているし、慈朗は、一番傍にいる親友で、それを見守っていて、柚葉もクールながら、何気に情報を持って来てみたりと、一応、様子を気にしている感じ。

 一応、後ほど、この辺りの文化圏のことが、ある人物の話の回で説明をされるのですが、彼らの所属する部分は、文化的に近いと思います。髪の色、目の色とかで、様々なのですが。多分、全く考え方が違う人たちではなかったようです。また、「御相伴衆」という一つの役割もあり、その枠を出ない自分たちの立場での共感が生まれてきている頃、だと思います。そんな距離感の話だと思います。

 この『暗澹たる日々』は、数馬の今後の動きと、片や、三の姫女美架とアーギュ王太子の関係がどう進んでいくのかが、交代で出てくるシリーズです。
 次回は、まだ、数馬の話ですが、いかなることになりましょうか。 
 お楽しみになさってください🍀😊👍

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