流星ファンタジア
夜中に地震があった気がした。ゆらゆらとベッドが揺れていた。私はうとうとしていたので、それが夢の中のことなのか、本当の地震なのかわからなかった。
翌朝起きると、テレビのニュースをチェックした。地震のニュースは特にやっていなかった。郵便受けを開けると、友人のMから手紙が届いていた。
「私はもう疲れました。遠くの地へ行きます。さようなら」
と書かれていた。
私はMの行きそうな所を考えた。あの温泉地かもしれない、と以前二人で行った場所のことを考えた。そこにMはいるかもしれない、行ってみようと思った。
バスを乗りついで、温泉地に着いた。前に二人で泊まった旅館を当たってみよう、あいつまたそこに泊まっているかもしれない。
予想は当たっていた。
Mは旅館の部屋で何か文章を書いていた。床に原稿用紙が散乱している。
「何書いてんの」
「いや俺さ、仕事とか家庭とか色々嫌になったんだけどさ、言葉だけは不思議にこんこんと湧いてくるのよね。それでこの文章を書いているってわけ」
「どれどれ、ちょっと見せて」
どぶろく兄ちゃんスコーンスコン。スコーンが食いたいのかい?飛び出す僕。ポケットの中のリンゴ。回転する街並み歩く僕らは旅人。
簡単なことさ。手を叩いてあっちを向いて、またこっちを向く。そうすれば、答えがそこにあることがわかるよ。脳内の洪水を見つめている。脳内の神経回路があちこちショートしている。
めぐる季節の中、枯れ葉の写真を撮る僕は、見つからない思い出とねずみに追いかけられている。ねずみは大したことないけれど、思い出の方は手ごわいぞ。
そして時は過ぎ、白い電気回路を見つめる中年に訪れる春。簡単なことなんだよ。桜が咲いているのさ。
脳内の畑を耕しておけば、秋には何か収穫できるさ。夕日が差している。そろそろ家に帰らなきゃ。
「面白いじゃん」
「でもさ、色々な文学賞に応募しているんだけどさ、落選続きなのよ。俺としてはもっと多くの人に俺の文に触れてほしいのよ。どうしたらいい?」
「うーん……。」
私はあることを思いついた。
「俺の知り合いに、ジャズやっている奴がいてさ、即興演奏なんだよ、ライブが。そのライブでこの文章、読んでみたら?ラップみたいに。朗読みたいに。」
「おお、いいな、それ」
Mはすぐに元気を取り戻したようだった。
「で、そのライブいつやるの?」
「次は一ヶ月後だよ」
ジャズをやる友人に連絡し、Mもライブに参加することになった。そして本番当日。Mの様子に落ち着きがない。緊張しているのだろうか。
「俺、ちょっと出てくるわ」
一時間経ってもMは戻ってこない。心配していると、明るい顔でMが帰ってきた。
「いや俺さ。本番近づいて怖くなったんだけどさ、そこの公園に流れている川を見ていたら魚が泳いでいてさ。ああ俺、魚と同じなんだなーと思ったんだよね。ただ流れに身を任せていればいいんだなーって。そう思ったら気が楽になったってわけ。」
不思議な回復方法だ。
そしてライブが始まった。ピアノ、ドラム、べース、サックス。そしてMの言葉が炸裂する。
「てやんでえロックのリップサービス。双眼鏡で読む手紙。心を海に浸したら、俺は叫び出すんだ。どどどどど。どどどどど。朝から晩までどどどどど。夜から朝までどどどどど。」
私はリズムに身を任せ、Mの声を聞いていたら私までもどどどどど。ライブの時間はあっという間に過ぎていった。
私はその後、仕事で一年間アメリカへ行っていた。戻ってくるとMはバンドのボーカルになっていた。Mのバンドのライブに行った。
「次の曲は、流星ファンタジアです。聞いてください。」
夜更けまでずっと起きて ラジオ聞いていたんだ
君の歌が 流れないかなって
窓の外は午前0時 夜の光灯って
ネオン達が 七色に輝く
流星ファンタジア 君の歌聞こえる
流星ファンタジア 夜のこの街に
流星ファンタジア 大気圏飛び出して
広い空を 泳いでゆく
アメリカへ行く前に聞いたMの詩とは違う感動がそこにあった。ライブが終わると、Mはたぬきのしっぽのようなものを腰に
つけて、飲み屋街へてくてく歩いていった。やっぱり変な奴だ。
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