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表現と私

こんにちは、このみんです。

今日は、肩書とか関係なく
『表現』というキーワードで書こうかなと思います。

表現の場

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割と、表現の場ってあるもんですね。

自分を表現することって、
みなさん得意ですか?
私は得意というか、好きなんですね。
自分の思いや熱意を発すること。

で、

前は「認められたい」が原動力で
表現していたな~と。
今は「やりたい」が原動力で
表現しているな~と、
最近気が付いたんです。

前者の「認められたい」が原動力のとき
もちろん、自覚はありました。
というか、「それのなにが悪いの?」みたいな。

実際は良いも悪いもないんですが、
「自己承認欲求が満たされない子」て
言われているみたいで嫌だったなって記憶があります。

最近はあまり意識していなかったんですが、
「あ、もう、その私じゃない」って気づいたんです。


カウンセリング・コーチングセッションの場

カウンセリング・コーチングが
自己表現の場っておかしくない?って
先ほどの例を挙げるときに
迷ったんですけれど、
『クライアントの話を聞き、
 自分が感じたことを表現する』
という意味では、表現の場と言って
良いんじゃないかなと思いました。

そして、
カウンセリング・コーチングをやっていて、
クライアントが成長したとき
「〇〇ができるようになったんです~!」と
喜びを表しているとき、

実は、前の私なら
「私のお陰でしょ」
「ありがとうが欲しいな」と、
それこそ「認められたい」があったんです。

でも、ここ最近は、素直に
「すごいですね!」
「〇〇さんの力がちゃんとでた!」と
相手の喜びを一緒に喜べるようになったんです🙌✨

なので、
「あ~もう承認欲求が満たされない私は
 卒業できたんだな~」と嬉しく思っています。

自分が自分を認めること

ポイントはそこだったんじゃないかなと思います。
最近、今で4週間くらい、
自分から湧いてきた感情に
とことんOKを出すワークをしています。

時には残酷な思いも出てきます。
時にはぶっとんだ思考も出てきます。
時にはありえないイメージも浮かんできます。

でも、どんな気持ちや思考、イメージも
「そっか、そう思ったんだね」と認めました。

「そ思うくらい悲しかったんだね。
 苦しかったんだね。不安になったんだね。」とか
「そう思うくらい嬉しかったんだね。
 楽しさを感じたんだね。」とぜーんぶに〇!

そうやって認めていくことで、
自分が誰かに認められなくても
満足いくようになったんです。


もちろん、
「見て見てー!できたよー!」と
周りに認めてもらいたいときもあります。
でもそこでたとえ周りから
期待する反応がなかったとしても
「いやー私ってすごいなぁ」とか
普通に自分を誉めれるようになったんです。


これって結構、灯台下暗しですよね!

ぜひ皆さんもやってみてください☆


今日はakt_labさんの画像を使用させてもらいました。
「成長って嬉しいよね」という私の思いを
まさにこの画像が教えてくれているような気がしました。
素敵な画像をありがとうございます✨✨


【Fcebookページやっています】
是非覗いてみてください。

教員が伸び伸びと教育を行う世界を目指しています。
「そんなの無理」「夢物語」
そんな批判の声も、私の中にあるのは事実です。
しかし、教員が伸び伸びと教育を行う事で、
子ども達も伸び伸びと育ち、
保護者も安心し、
三者が心地よい教育ができるのも事実です。
教員が文句を言っていたら、
文句を言う社会が出来上がるだけです。
それなら、教員であるあなたが変わってみませんか?

少しでも興味をもってくれると嬉しいです♬

あなたがより良い人生を送れる応援をさせてください!

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