若者の腸内細菌を移植したら、老化による弊害を抑制できた
▼ 文献情報 と 抄録和訳
若いマウスの微生物は、加齢に伴う行動障害を抑制する
Boehme, Marcus, et al. "Microbiota from young mice counteracts selective age-associated behavioral deficits." Nature Aging(2021): 1-11.
[ハイパーリンク] DOI, Google Scholar
✅ ハイライト
- 若齢マウスの腸内細菌を高齢マウスに移植することで、加齢に伴って脳内に生じた特定の変化を阻害できる
- この知見は、腸の微生物相の移植が、加齢に伴う認知機能低下の治療法として有用な可能性を示唆している
[背景・目的] 腸内細菌叢は、宿主の免疫や脳の健康を制御する重要な因子として認識されつつある。加齢に伴い、腸内細菌叢は劇的に変化し、これが高齢者の健康状態の悪化や虚弱体質につながっていると考えられている。しかし、加齢過程における脳の健康と神経免疫に腸内細菌叢が果たす役割については、限られた証拠しかない。
[方法] 若齢(3~4か月齢)と高齢(19~20か月齢)のドナーマウスの腸から採取した糞便微生物を、高齢のレシピエントマウス(19~20か月齢)にそれぞれ移植する実験を行った。
[結果] 高齢マウスの免疫系における加齢に伴う変化が、若齢マウスの腸の微生物相の移植によって元に戻ることが分かった。また、若齢ドナーマウス由来の糞便移植を受けた高齢マウスの脳も若返り、その脳内では、若齢マウスの脳に似た代謝産物と遺伝子調節パターンが認められた。さらに、若齢マウスからの糞便移植を受けた高齢マウスは、学習、記憶、不安を調べる複数の認知機能検査で、行動成績が向上した。
[結論] これらの結果は、腸内細菌が健康的な加齢を促進するための適切な治療ターゲットとなる可能性を示している。
▼ So What?:何が面白いと感じたか?
近年、腸内細菌に関連する研究報告が爆発的増えてきている。
疼痛との関連(Shiro, 2021)、加齢との関連(Saccon, 2021)、骨格筋運動適応との関連(Valentino, 2021)、変形性関節症発症との関連(Yu, 2021)・・・、etc。
その中でも、今回の論文は注目に値する論文だ。
若者の腸内細菌を移植したら、老化による弊害を抑制できた
この結論は、さまざまなインパクトを世の中に与えうると思う。
3つ、考えてみた。
▶︎ インパクト①:健康・医療分野にめっちゃ役立つ
たとえば人間でも同様の効果が証明されれば、手軽に健康を手に入れることができるようになる。
運動?、認知行動療法?、デュアルタスク?
「ノン・ノン・ノン。そんな手間も時間もかける必要はない。腸内細菌さえ移植すればね♪」という世の中に近づく。
取ってつけたように健康や回復が得られる世の中だ。
▶︎インパクト②:黒烏龍茶バイアスを生む
「肉・油・増し増しラーメン?、どんときなさい。大丈夫。そのあと、黒烏龍茶飲むから」
この時代、僕にもあった、大学生の頃。
何を食べたとしても、黒烏龍茶を飲めば、すべてを中和してくれるという、希望的観測。
どんなに不摂生なことをしても、特定の介入によって相殺できる、と思ってしまうバイアス。それが黒烏龍茶バイアス(造語)である。
取ってつけたように得られる健康は、このバイアスの温床のような気がする。
▶︎インパクト③:私とは何か?、を強く問いかける
(この考察は、飛躍です、注意してください)
落ち着いた、60歳の大学教授を想像して欲しい。その教授は、自分のこれまでの知識や技術を後進に伝えていくことが大事だと思っていた。
さて、あるとき、この教授が健康のために、とある若者の腸内細菌を移植した。
その若者は、「これからだぜ、秒で動き、己の手で世界を変えろ」というタイプの青年だった。
腸内細菌を移植して、教授の健康度は期待通り向上したが、驚くべきことに、性格上の変化も認めていた。「60歳、まだまだこれからだぜ。秒で動き、己の手で世界を変えよう!」と。
さて、移植後の教授は、もとの教授だろうか、それとも違う何かだろうか?
腸内細菌の移植は、取ってつけた割に、あまりにも多くのものに影響を与える。
それは、もしかしたら「私」を侵害する可能性を孕んでいないか。
どこまで、取ってつけていいものなのだろう。
どこからが、「私」ではなくなる境界線なのだろう。
取ってつけたように得られる幸福や健康や回復は、善だけだろうか。
近年のiPS細胞や腸内細菌などの外発的治療は、僕たちの胸ぐらを掴んで問いかけてくる。
内発的に、自分で自分を強化することの方が尊いと、僕の直感は答える…。
皆さんは、どう思うだろうか。
われわれは誰でも、自分自身の経験と記憶との総和は1つのまとまったものをなしており、他の誰のものとも画然と区別がっつくということを疑う余地のないほどはっきり感じています。
そしてこれを「私」と呼ぶわけです。
この「私」とは一体何でしょうか?
シュレーディンガー
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