
そんなこと
『そんなこと』
恵まれた環境にいる人間が愚痴をこぼすと、こう軽んじられることがある。
人間の傷は見えづらい。
恵まれた環境にいる人間はとくにだ。
傷は特で隠れる。
見た目がいいとか、実家が金持ちとか、
まあ実際、恵まれた環境にいれば、特をする事も多いのかもしれないし、他と比べたら、辛さや悲しみは少ないのかもしれない。
けど……
自分より辛い思いをしている人がいたら、
自分の辛さは軽くなるのだろうか?
自分より悲しい思いをした人がいたら、
自分の悲しみは薄くなるのだろうか?
そんなわけがない。
誰の辛さも悲しみも、ちゃんとそれとして存在している。
重さも濃さも変わらずに。
眠れないほどの夜はなくても、眠りたくない夜はあったり。
歯を食いしばってこらえるほどの涙はなくても、上を見上げてそっと引っ込めた涙はあったり。
誰かに語れるような大層なことはなくても
何もない人生なんて、多分ないだろう。
辛さ、悲しみ、
幸せだって、人それぞれだ。
重さも濃さも、自分が感じたものがすべてだ。
だから、
『そんなこと』と嘲笑われた辛さや悲しみを
なかったことにしなくていい。
ただ、覚えておかなくてはいけない。
自分の『辛さ』や『悲しみ』も
『そんなこと』の種になるということを。