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[オサムとアトムと 番外編]鉄腕アトムと巨人の星

*「巨人の星」「ブラックジャック 後遺症」のラストについての言及があります。

手塚先生が、梶原先生の「巨人の星」を物凄く意識していたことは有名です。アシスタントさんに「梶原一騎の作品と、僕の作品とどっちが面白いんだ」と涙ながらに聞いたり、「これのどこが面白いのか説明してください!」と尋ねたりしていたそうですね。

しかしまずは、「巨人の星」の「野球ロボット問題」について考えてみたいと思います。

野球ロボット

大リーグのカージナルスが来日し、巨人軍と対戦します。
試合は巨人の勝利。飛雄馬は勝利投手となりますが、極度の疲労のため入院します。

試合後、入院している飛雄馬を訪れたオズマは、飛雄馬の事を自分と同じ「野球ロボット」だと指摘します。

オズマの詰問によって明らかにされていくのは、飛雄馬もオズマも、他の青年達とは違い、青春をまるで知らない「野球ロボット」だという事実です。

オズマは孤児院から引き取られ、カージナルスでベースボールの天才教育を施されました。

一方、飛雄馬も一徹によって野球漬けの少年時代を送りました。
  

姉の明子は、オズマが飛雄馬にとても似ていると言い、「飛雄馬は野球しか知らない、そのためだけに作られた野球人形」だと言います。

オズマの言葉に強い反発を覚えた飛雄馬は「人間らしい人間」になろうとします。
まずは球団との年棒更改で100%増を要求し、家族で文化的な生活を送ろうとします。

芸能人との交際も始めます。

しかし、そのような生活に虚しさを覚える中で、美奈という女性と出会います。
そして、彼女との交際で「人間らしさ」を取り戻していくのです。

美奈との交際は、飛雄馬を人間的に成長させていきます。

しかし、美奈は不治の病に侵されていたのです。

そして美奈は逝ってしまいます。

美奈との恋愛、そして美奈の死を経験して、飛雄馬はロボットではなく、人間になったという事なのでしょう。

「野球ロボット問題」は11巻から始まり、飛雄馬が再起するのは13巻となります。「巨人の星」の単行本は全19巻ですから、話全体の中央部分の3巻を使い、美奈の死で「第一部 終了」としている事からも、この問題に対する梶原先生の相当な拘りが感じられます。

飛雄馬が、「ロボット」ではなく正真正銘の「人間」になる過程が描く必要があったのだと思います。

実は、「ロボットではなく人間」というのは「巨人の星」の本来のテーマなのです。


「巨人の星」はどのようにして誕生したか

梶原先生は、「『巨人の星』わが告白的男性論」という文章を「今から五年前、すなわち昭和四十一年ごろ(中略)大泉町に一人の怒れる男が住んでいた。」という書き出しで始めています。
手塚先生が、「巨人の星」の人気に腹を立てるようになる以前には、梶原先生が猛烈に怒っていたのです。

マンガくたばれ
怒りが「巨人の星」を誕生させた、と言えば聞こえよく、さも高尚にして大乗的な怒りのようだが、なあに、いとも卑俗な欲求不満じみた怒りの理由が当時の私の身辺にひしめいていた。(中略)本来私は少年小説作家である。

「巨人の星」わが告白的男性論

かつての少年向け雑誌では、「少年小説」が花形的存在でした。佐藤紅緑、山中峯太郎、南洋一郎、高垣眸など、錚々たる作家たちが活躍していました。
梶原先生も、25,6歳の頃にいくつかの熱血小説、冒険小説を一流少年誌に連載し、順調なスタートを切っていました。

しかし、段々と雑誌の紙面から活字が少なくなり、やがて「マンガが全紙面を占拠した」のです。

マンガ家が物語の筋を考えて小説の役割をも代行する、いわゆるストーリー・マンガ時代が来た。そして私は失職した。

「巨人の星」わが告白的男性論

そのストーリーマンガを描く漫画家の代表が手塚先生でした。

梶原先生は、死ぬほどマンガを憎んでいたのです。しかし、皮肉にもそのマンガの原作の依頼が来ます。梶原先生はそれらの仕事を仕方なく引き受けますが、「やっつけ仕事もいいところ」と書いています。

やがて少年雑誌は、TVのアニメにも押されて圧倒されていきます。63年には「鉄腕アトム」が、65年には「ジャングル大帝」がアニメ化され放映が開始されました。

そのような頃、梶原先生の元へ「週刊少年マガジン」の編集長と副編集長がやって来ます。(ちなみにこの頃「週刊少年マガジン」と手塚先生は、いわゆるW3事件で最悪の関係でした。)

編集者は、アニメーションに対抗する策を熱く語ります。

「大河小説にかわる大河マンガですよ。(中略)人間をガッチリ描きこみ、ごく現実的な環境を設定し、そこからおのずと派生するドラマで、ご都合主義の見せかけアクションと勝負するんです。」

「巨人の星」わが告白的男性論

その時の様子は、編集者によって次のように証言されています。

「梶原さん、『少年マガジン』の佐藤紅緑になってください」(中略)それを聞いたとたん、梶原一騎が、「内田さん、わかった!」と断言した口調を、今でも鮮明に覚えている。そして『巨人の星』が生まれるのである。

「少年マガジン」と梶原一騎

梶原先生は、編集者たちの熱い思いに応えます、

「ようし男を描いてやる、徹底的に!」興奮して私はさけんだ。「男の中の男をーただしスーパーマン的ヒーローじゃない。(中略)とことんホットでウエットな男を描く。いわゆるカッコよかないが、むしろカッコ悪い試行錯誤のくり返しの中から磨かれて底光りする真のカッコよさを全ガキ連に教えてやる。

「巨人の星」わが告白的男性論

主人公の名前は飛雄馬―ヒューマンー人間と語呂を合わせた。人間を、男を描きぬくぞとの自他への宣言であった。

「巨人の星」わが告白的男性論

今なら誰でも「飛雄馬」を「ひゅうま」と読むでしょう。しかし、「巨人の星」での梶原先生の命名がなければ、「飛雄馬」という名前を「ひゅうま」と読む人は誰もいなかったでしょう。

最初、編集者はこの「飛雄馬(ひゅうま)」という主人公の名前には難色を示したようです。しかし、梶原先生はこの名前「飛雄馬(ヒューマン)」に拘り続け、最終的に主人公の名前は「星飛雄馬」となりました。

星飛雄馬と天馬飛雄

「星飛雄馬」は、一字だけ変えた「天馬飛雄(アトム)」のアナグラムになっています。
「星 飛 雄 馬」と「天 馬 飛 雄」です。
「天馬飛雄」の「天」を「星」にして、語順を変えれば「星飛雄馬」になります。

梶原先生が「星飛雄馬」という主人公の名前に拘った理由はここにもあるのでしょう。

梶原先生は、「巨人の星」の主人公について「スーパーマン的ヒーローじゃない」と語っていますが、アトムはまさに「スーパーマン的ヒーロー」です。

天馬飛雄・アトムは「天」を飛び回るロボット少年です。

一方、星飛雄馬はどうでしょうか。

梶原先生は「男の条件とはなにか。それは胸に星をいだくことだ。そしてその理想の星に向かって、ひたすらに歩み続けることだ。」と書いています。
飛雄馬は、そのような男として描かれているのです。

「天」を飛び回る少年ロボットではなく、「星」に向かって歩み続ける男の物語が「巨人の星」なのです。

少年小説家としての活躍を夢見ていた梶原先生にとって、マンガでもアニメでも活躍して、自分の居場所を失わせた手塚先生は癪に障る存在だったに違いありません。
「巨人の星」は、梶原先生から手塚先生への挑戦状でもあったのではないでしょうか。(その挑戦状は、手塚先生を打ちのめしました)

ですから、「少年ロボット」が主人公のマンガ・アニメ「鉄腕アトム」に対して、「人間の男」が主人公の「巨人の星」を描いたわけです。

そしてそれゆえ、主人公飛雄馬が「野球ロボット」から、「本物の人間の男・ヒューマン」になっていく過程をじっくりと描く必要もあったのでしょう。

ただし、最後に強調しておきたいのは、梶原先生が描こうとしていた「とことんホットでウエットな男」「いわゆるカッコよかないが、むしろカッコ悪い試行錯誤のくり返しの中から磨かれて底光りする真のカッコよさ」。アトムもこれらの要素を兼ね備えている、ということです。アトムは、人間よりも人間らしいロボットです。

アトムは恋もします。相手はルミコという女の子です。

アトムの初恋は、かなわぬ恋に終わりました。


オマケ?

様々なジャンルを描いてきた手塚先生ですが、本格的なスポーツ物はありません。

「バックネットの青い影」という作品がありますが、本格的な野球ものではなく、SFタッチのミステリー短編です。

バックネットの青い影

それとは別に、「ブラックジャック」に「後遺症」という作品があります。
劇画ブームの奔流に苦しんだ後に、手塚先生が復活してから描いた作品です。(「巨人の星」はすでに完結していました。)

プロキオンズという球団のスター選手の堀切が、大動脈瘤になり、野球を断念するように言われます。
どうしても復帰したい堀切は、ブラックジャックに手術を依頼します。

ブラックジャックは、3500万円の手術料で引き受けますが、以前のように活躍できるようになるかは保証はできないと念を押します。

手術後、堀切は復帰しますが、まるで活躍できません。

堀切は愕然としてブラックジャックの家まで激しい抗議に行きますが、プロキオンズの監督が堀切について「彼は死んだと思ってがんばってくれ プロキオンズは彼の球団じゃないぞ!!」と選手たちに話している事を教えられて、選手生命の限界を思い知らされます。

失望して帰っていく堀切に、ブラックジャックは「第二の人生のプレゼントだ」と言って3500万円を渡します。

この終わり方は、「巨人の星」のラストを思い起こさせます。星も堀切も選手生命を失います。

巨人の星 ラスト 

「巨人の星」のラストは、左門と京子さんの結婚式が行われている教会から飛雄馬が一人だけで立ち去って行く場面で終わります。
堀切も一人で車でブラックジャックの家から立ち去って行きます。

ところで・・・・
堀切が涙を流しながら運転している車は、「練馬ナンバー」です。
途中で触れましたが、梶原先生は大泉町つまり練馬区に住んでいました。

ブラックジャックは、堀切から「あなたはいったいどういう人間なんです・・・?」と質問をされて「わたしかね。誰よりもいのちを大事にしている男さ。フフフフフ。」と答えていますが、これは梶原漫画の破滅的ヒロイズムに対する皮肉にも聞こえます。

そして・・・

プロキオンとは、こいぬ座にある星です。
「巨人の星」ならぬ、「子犬の星」なのです。

手塚先生の梶原先生への色々な思いが伺えるような気がします・・・

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